第106章 収穫祭の長き夜
そうして吉法師のお世話と収穫祭の準備に追われて忙しい日々を送っていたある日のことだった。
「失礼致します、信長様」
「ん、来たか」
自室で吉法師を見ながら焼き上がった辻占煎餅を一つずつ包装する作業をしていた私は、信長様に呼ばれて天主に来ていた。
片時も私の傍を離れない吉法師ももちろん一緒だ。
「……何だ、貴様も来たのか、吉法師」
「だぁ!」
(そんな不満そうな顔しなくても……)
あからさまに不満げな顔をする信長様と、元気いっぱい得意げな表情を見せる吉法師の対比が可笑しくて密かに口元を緩める。
「…何か言いたそうだな」
「い、いえ…何でもないです。このところ吉法師は私の傍を離れたがらないので…」
「分かっておる。朝から晩までべったりだな」
私の足にぴったりと寄り添うように立ち、着物の端を小さな手で握り締めて離すまいとする吉法師に、信長様はチラリと皮肉混じりの視線を送る。
目線だけで人を射殺せそうな信長様の威圧感たっぷりの視線を受けても吉法師は怯まなかった。
益々強くぎゅうっと私にしがみつきながら、信長様を真っ直ぐに見上げている。
(信長様ったら、子供相手に大人げないんだから…でも、吉法師も負けてない!)
密かに繰り広げられる男同士の静かな睨み合い?に内心ヒヤリとした私はつい、吉法師を庇うようにそっと自分の方へ引き寄せた。
「あー、だっ…あ…」
「ん?抱っこ?ふふ…」
両手を広げて抱っこを強請る可愛らしい姿にすぐさま抱き上げると、これまた可愛らしくぎゅうっと小さな手で首に抱きついてくる。
(か、可愛いっ…癒される)
最近は抱っこを求められ過ぎて腕が悲鳴を上げつつあるのが実情ではあったが、それでもこうして可愛らしく強請られれば応じずにはいられない。
母としては、どんなに身体が辛くとも子の愛らしさに勝るものではないのだ。
「………甘やかし過ぎではないか?」
「っ…そんなことは…でも今は甘えたい時期みたいなので、できるだけ応えてやりたくて…」
「ふん…」
(ん?信長様、機嫌悪いな。吉法師のせい?)
抱き上げられてご機嫌になった吉法師とは反対に、どんどん不機嫌になっていき、それを隠そうともしない信長の様子に戸惑ってしまう。