第106章 収穫祭の長き夜
翌日から本格的に収穫祭の準備を始めることになり、私は『辻占煎餅』を、政宗は『南瓜提灯』を、それぞれ作ることになった。
煎餅の材料や作り方については、女中さんに城下の菓子屋で聞いてきてもらっていた。
米粉と糖蜜、生姜汁を混ぜた生地を薄く焼き、焼き上がった生地がまだ柔らかいうちに中におみくじを包んで半分に折り畳み、生地が冷めて固くなれば完成ということだった。
おみくじは神社で引くような単に吉凶が書かれたものではなく、一つ一つにちょっとした一言が書かれたものにすることにした。
材料も作り方もそれほど難しいものではなく、厨の者達にも手伝ってもらって容易く準備できる……はずだったのだが……
「ふ…ふぇ…ふぇーん…」
「っ…き、吉法師…」
片面が焼けた生地をちょうど裏返そうとしたその瞬間、頼りなげな泣き声にぴくりと手が止まる。
乳母の腕に抱かれウトウトしていた吉法師が目を覚まし、私を探して泣き始めたようだった。
イヤイヤと身を捩り、竈(かまど)の前にいる私の方へと手を伸ばす。
「ちょっと待ってね、吉法師。火に近付くと危ないから、こっちに来ちゃダメだよ」
「やっ、いやぁ…」
「うぅ…困ったな…」
生地が焼き上がったら冷めるまでにおみくじを包まなければならないので作業は手早くしないといけなかった。
竈の火は火加減の調節が難しく、うっかりしているとすぐに焦がしてしまうこともあり、吉法師に気を取られている間にも見る見る焼き上がりの匂いが漂い始めていたのだった。
(ぐずる吉法師をそのままにしておけなくて連れて来ちゃったけど…これじゃあ余計に危なっかしい…)
傍を離れようとしない吉法師に困り果てて、苦肉の策で厨まで連れて来たのだが、やはり大人しくしていてはくれないようだ。
「若様、こちらで母上様をお待ちしていましょうね。あっ…若様っ…いけませんっ」
「やっ!」
「吉法師っ…」
乳母の腕の中で暴れ出し、ついにはその制止を振り切って床の上へと降り立ってしまった吉法師は歩き初めの覚束ない足取りで私の方へと向かってくる。
「はは…だっ…」
「えっ…だっ…抱っこ…?えっ…はは…?」
両手を目一杯広げて何かを必死に訴えようとするかのような吉法師の様子にハッと目を瞠る。
(「母上、抱っこ」って言った?嘘っ…初めてしっかりした言葉を言ったのかも…?)