第105章 毒と薬は紙一重
荒く息を吐きながら横たわる吉法師を見た家康は、一瞬にして険しい表情になる。
「さっき目が覚めて急に咳き込みだして…そうしたら熱があって…私、全然気が付かなくて…あの、家康…これって毒のせいなのかな?さっきまで何事もなく眠ってたんだよ?急にこんな…咳もいっぱい出て苦しそうにしてて…」
家康は小さな手を持ち上げて脈を確認していたが、険しい表情を崩さぬまま今度は吉法師の額、頬、首筋にも触れていった。
首筋に特に念入りに触れてから、今度は口の中を見る。
少し強引に口を開けさせると、吉法師は嫌がってバタバタと手足を動かした。
(熱はさほど高くないみたいだな。これから上がってくるのか…?でも顔色も悪くはないし、ぐったりしてるって訳でもない。咳が酷いから苦しそうだけど…これは毒の症状っていうよりはむしろ…)
「………風邪、かな?」
「ええっ!?」
家康が難しい顔をして吉法師の様子をあれこれ見ているのを固唾を呑んで見守っていた朱里は、ポツリと呟かれた予想外の言葉に驚きの声を上げた。
(風邪?風邪って言った?え?風邪なの??)
「風邪ってそんな…今の今までそんな様子、なかったんだよ?寝て起きたら風邪引いてるって…そんなことある??」
「さぁ…季節の変わり目で今朝は少し寒かったからね、体調崩してもおかしくはないよ。この症状は毒の症状というよりは風邪の症状だと思う」
「そっか…風邪……」
「今の吉法師に薬湯は飲ませられないから、熱が下がるまで安静にして休ませるしかないよ」
「わ、分かった。私、朝までしっかり見てるね」
風邪だからといっても安心はできない。この時代では流行り風邪で幼子が命を落とすことも稀ではないからだ。
「これから熱が上がるかもしれないし、念のため今日は俺も御殿には戻らないで城に泊まるから」
「ありがとう、家康。そうしてくれると心強いよ。信長様、今宵は私も吉法師とこちらで休みますね」
「ん…ならば俺も今宵は天主には戻らん。ここで一緒に吉法師の世話をする」
「ええっ…ダメですよ!信長様はしっかりお休みになっていただかないと…風邪がうつってもいけませんし」
「貴様一人に吉法師の看病を押し付けるなど、俺の気が済まん」
「そ、そんな…」
(私達への気遣いは嬉しいけど、信長様を病人の傍で休ませるなんて…秀吉さんに叱られちゃうよ)