第105章 毒と薬は紙一重
説得虚しく、言い出したら聞かない信長様はその夜は私の部屋に泊まることになり、吉法師を間に挟んで二人分の布団を敷く。
「……おい、何だ、これは?」
先に湯浴みを済ませて戻ってきた信長は寝所に入るなり、不満げな声を上げる。
吉法師の額に冷やした手拭いを当てながら甲斐甲斐しく世話をしていた朱里は、信長の放った言葉の意味が咄嗟に理解できずキョトンとした顔になる。
「何故、俺の布団だけこんなに離れているのだ?」
「えっ…だって、信長様に風邪がうつったら大変じゃないですか」
川の字に並べられた布団は、信長のものだけ不自然すぎるほどの距離を置いて敷かれていた。
「はっ…子供の風邪など、うつったとてどうと言うことはない」
「ダメですよ、風邪を侮っては。風邪は万病の元なんですから!信長様が風邪を引かれたら城中大騒ぎになっちゃいます。はぁ…それにしても吉法師が風邪を引くなんて…私、ちゃんと見ていたつもりだったのに…」
薬草のことに続き、風邪まで引かせてしまうとは…本当に情けない。
「幼子なら風邪ぐらい誰でも引くだろう。そう気に病むでない。貴様は何でも一人で背負い込みすぎだ」
「っ…でも……」
「怪我も病気もせずに大きくなる者などおらん。吉法師もまもなく生まれてより一年(ひととせ)だ。ここまで無事に成長したことをこそ喜ぶべきだろう。この際、病にかかっても死なぬ程度なら良しとせよ」
「ええっ…もぅ、信長様ったら…」
無茶苦茶なようで、ある意味正論のような信長の大らかすぎる言い分に、朱里は何とも言えず口元に曖昧な笑みを浮かべる。
信長はそんな朱里の戸惑いをカラリと晴らすかのように、快活に笑って見せた。
(私が落ち込まないように信長様はそんな風に言ってくれる。この方はどんな時も決して私を責めようとはなさらない。この上ない優しさでいつも私を包み込んで下さる)
じんわりと胸の奥が暖かくなって、隣に座る信長様の手にそっと自身の手を重ね合わせた。
「ありがとうございます、信長様」
「……?礼を言われるようなことはしておらんぞ」
「ふふ…いいんです。ありがとうございます」
(こうして傍にいて下さるだけで…不安に押し潰されそうだった気持ちが穏やかに凪いでいく。二人ならどんな不安も乗り越えていけると…そう思えるのです)
長く静かな夜はゆっくりと穏やかに更けていった。