第105章 毒と薬は紙一重
「そのように自分を責めるのはよせ。過ぎたことを悔やんでも致し方ない。貴様は吉法師の母として立派にやっている。この俺が言うのだ、間違いない」
「っ…うっ…信長様っ…」
「許せ。貴様が不安な時に傍にいてやれず、心細い思いをさせた」
「そんな…あっ…んっ…」
背に腕が回り、強く抱き締められながら耳元で優しく囁かれる。
吉法師を起こさぬよう声を抑えているせいで常よりも低く重厚な信長の声音が耳奥を甘く擽り、ゾクリと背を震わせた。
(信長様はどうしてこんなにお優しいのだろう。此度のことで私はお叱りを受けても当然なのに…信長様はどこまでも私を優しく受け入れて下さる)
信長様の底なしの優しさに触れ、強く心を揺さぶられた私は、堪らず信長様を抱き締め返した。
「信長様っ…」
触れ合う温かな温もりが、不安定に乱れる気持ちを緩やかに鎮めてくれていくようだった。
「ふぇ…ふっ…えっ…」
「吉法師っ!?」
深く眠っていた吉法師だが、ようやく目が覚めたようだ。
慌てて覗き込むと、布団の上で小さな手足をパタパタと元気に動かしている。
寝起きのせいか少しむずがってるようだが、機嫌は悪くないように見えた。
「信長様っ、吉法師が…」
「目覚めたか。ふむ…いつもと変わらぬように見えるが…」
「そう…ですね。どうでしょうか…私達では見た目だけで分からぬこともありますし、家康に見てもらった方がよいかと」
「そうだな…」
部屋の外に控えていた小姓に家康を呼んでくるよう命じた信長は、室内へ戻って褥の傍に腰を下ろすと、改めて吉法師の様子を窺う。
家康の話では、吉法師は毒抜きをしたトリカブトの根を誤って舐めたとのことであった。
毒抜きをすれば薬として有益なトリカブトだが、それは大人に処方した場合であり、赤子が口にしても無害かどうかは家康でも判断し難いということだった。
(俺のように毒に耐性が付いているわけではないしな…そもそも生まれてより今日まで病気などしたことがない吉法師は、薬すら口にしたことがないのだ。毒であろうが薬であろうが、初めて口にするものに身体が拒絶反応を起こすことは充分あり得ることだ)
「ふぇっ…うっ…けほっ…ごほっ…」
「き、吉法師っ…?」