第105章 毒と薬は紙一重
後悔しても今更どうにもならないと分かってはいても、どうしてあの時、吉法師の手の届かないところに薬草を片付けておかなかったのか、眠っていた吉法師を一人にしてしまったのか、と考えてしまう。
この時期の赤子というものは、危険なものでも何でも目に入ったものにはすべからく興味を示すものだと理解していたはずなのに…
二人目の子育てということもあり、無意識のうちに気の緩みがあったのかもしれない。
加えて最近は奥向きの差配に加えて学問所の手伝いなど様々なことに忙しく、吉法師を乳母に任せがちでもあった。
先だっての越後への旅にしても、まだ一歳にも満たない吉法師を長きに渡って乳母に預けて城を不在にするというのは、奥向きを預かる者としても母としても些か無責任な振る舞いだったかもしれない。
(この時代、赤子は生まれてすぐに乳母に預けるのが慣例であり、そもそもが私のように最初から自分の手で育てる方が稀なのかもしれないが…)
織田家の世継ぎとして吉法師を立派に育てるためには、母親以外の者に委ねることも必要なことだと得心していたはずなのに、今になって母として吉法師に充分なことをしてやれていないのではないかという罪悪感が、朱里の心に重くのしかかっていた。
「っ…私がもっと気を付けてあげなくちゃいけなかったのにっ…」
自責の念と吉法師への申し訳なさでいっぱいになり、堪えていた涙が溢れ出す。
「っ…うっ…うっ…」
一たび零れてしまえば、涙は堰を切ったように次から次へと溢れ出て止まらなかったが、それでも眠る吉法師を起こさぬように、声を上げて泣くわけにはいかなかった。
両手で顔を覆い、溢れる涙を無造作に拭いながら声を抑えてしのび泣く。
こんな風に泣くなんておかしい。
これでは吉法師に何かあったみたいではないか…
まだ毒の作用も何も出ていない。このまま何事もなく済むかもしれない…次に起きたら、きっといつものような可愛い笑顔を見せてくれるはずだ……
そう思うのに、なかなか涙は止められなかった。