第105章 毒と薬は紙一重
陽が西に傾き、庭に面した障子が射し込む西陽で橙色に染まり始める。
あれから朱里は吉法師の傍でまんじりともせず時を過ごしていた。
ちょうど昼寝の時間にも重なっていたためか、吉法師は一度も起きることなく眠り続けたままだった。
(よく寝てる…大丈夫かな…?)
最初のうちは穏やかな寝息に安堵していたものの、気持ちが落ち着いてくると次第に心配になってくる。
眠り過ぎではないのか…やっぱり何かおかしいのでは…と不安に駆られて、布団の上の吉法師の呼吸を何度も確認し、その度に安堵する…という繰り返しだった。
眠る吉法師の変化を見逃さないように、片時も目を離すわけにはいかなかった。
家康は部屋を出て行ったまま戻っては来ない。
家康から知らせを受けたはずの信長様も来て下さらない。
(家康は今日一日様子を見ようって言ってた。明日の朝まで何事もなければ大丈夫ってことだよね。朝までか…長いな)
一人で時を待つことが、途方もなく長く感じられて息が詰まりそうになる。
悪い想像が頭の中をぐるぐると巡り、静かな部屋で一人でいると不安と後悔に押し潰されてしまいそうだった。
「吉法師…ごめんね」
寝汗を掻いて額に張り付く髪を、起こさぬようにそっと払ってやる。
起きて元気な声を聞かせて欲しいと思う気持ちと、このまま穏やかな眠りが続くなら寝かせておいてやりたいと願う相反する気持ちとで、朱里の胸の内は複雑に揺れていた。
「ごめんね、吉法師。母様のせいでこんなことになって…っ…ごめんっ…ごめんなさい……」
純粋無垢な愛らしい寝顔を見つめていると、胸の奥から込み上げてくるものがあり、グッと奥歯を噛み締めて溢れそうになる涙を堪えた。