第105章 毒と薬は紙一重
家康があやしてくれたおかげで落ち着いた吉法師を布団に寝かせると、堪えていた気持ちに限界が来たのか、緊張の糸が切れたかのように力が抜けてその場にへたり込んだ。
「っ…あぁ…」
「朱里っ!?大丈夫?」
「う、うん…ごめん。力が抜けちゃって…駄目だね、まだ安心できないのに…」
眠る吉法師にそっと目を向ける。
穏やかな寝息が聞こえているのが、せめてもの救いだった。
「今日一日、目を離さずに様子を見てて。何か少しでも変わった様子があったら、すぐ呼んで。あと、信長様にも俺から一応報告しとくから」
「ありがとう、家康。私一人じゃ、どうしていいか分からなかった。家康がいてくれて心強いよ」
「いや…そもそもこうなったのは俺のせいだから。俺がちゃんと管理しておくべきだったんだ。だから朱里、あんたは自分を責めないで。あんたのせいじゃないから」
「家康……」
家康の優しい慰めの言葉にグッと胸が詰まって泣きそうになる。
家康の優しさが身に沁みると同時に、軽率だった自分が堪らなく情けなくなってしまい、上手く言葉を返せなかった。
沈痛な面持ちで吉法師の寝顔を確認すると、家康は部屋を出た。
執務室にいるであろう信長に事の次第を報告しなければならない。この城の城主であり、吉法師の父である信長には全て包み隠さず知らせねばならなかった。
今回の件は自分の著しい失態であり、信長から厳しく叱責されることは免れないだろう。
(織田家の世継ぎである吉法師を危険に晒したんだ。信長様の怒りは如何ばかりだろうか…吉法師に目立った症状は見られなかったけど毒の作用が今後どう出るか、まだ予断は許さない状況だ。決して楽観はできない)
トリカブトの毒に有効な解毒薬はない。
今は吉法師の様子をただ見守るだけしかできないというのが、もどかしかった。