第105章 毒と薬は紙一重
「とにかく口の中を洗って少し様子を見よう。今はそれぐらいしかできない。トリカブトの毒に解毒薬はないんだ。食べてしまった場合でも、吐き出させて胃を洗浄するぐらいしか対処法はない。吉法師の場合は舐めただけだから、今は口の中を洗浄するぐらいしか、やれることはないと思う」
「う、うん…分かった。吉法師のためにやれることなら何でもするよ」
泣き疲れたせいなのか、くったりとしている以外は吉法師に目立った症状は見られない。
家康が言うには、トリカブトは即効性のある毒で摂取すればすぐに嘔吐や痙攣などの症状が出るらしい。
見る限り吉法師にはそういった症状は出ていないが、それでもまだ安心はできなかった。
うがいができない吉法師の口の中を、濡らした晒で丁寧に拭う。
「やっ…やぁ…ふぇっ…」
無理矢理口を開けさせられて、晒で口の中をグリグリと拭かれるのを吉法師は嫌がって抵抗を見せる。
「ごめんね、吉法師。いい子だからじっとしててね。お口、綺麗にするだけだからね。大丈夫だよ」
早く、確実に…と焦る気持ちからか、吉法師を抱く腕にも必要以上に力が入ってしまい、知らず知らずのうちに押さえつけるような格好になってしまう。
それがまた吉法師には不快に感じるのだろう、益々むずがって暴れるが、吉法師の気持ちを慮ってやれる余裕が私にはなかった。
「吉法師っ…お願いだからじっとして!」
「ふぇっ…うっ、うわぁ〜ん…」
「吉法師っ!」
いけないと思いながらも、つい強く叱りつけるような口調になってしまう。
それが吉法師の機嫌を更に悪くさせることになると、考えも及ばないでいた。
吉法師の泣き叫ぶ声に冷静さを失っていた私は、周りを全く見れなくなっていたのだ。
「朱里っ、落ち着いて。貸して、俺が代わる」
「っ…家康…」
見かねた家康が私の手から晒を取り上げて、吉法師の注意を上手く引きながら口の中を拭っているのを、私はぼんやりと見ていることしかできなかった。
(何やってるんだろう、私。こんなこともできないなんて…母親なのに。子供をきちんと守れないなんて…。ごめん…ごめんね、吉法師っ…)
我が子の大事の時に、狼狽えることしかできない自分が情けなかった。