第105章 毒と薬は紙一重
思いも寄らずいきなり背後から声を掛けられて、前屈みになっていた身体がグラリと揺れる。
「っ…三成っ、いきなり声掛けないでくれる?」
「あ、すみません。お姿が見えたものですから…何かお探しでしたか?よろしければお手伝い致しましょうか?」
天使のような朗らかな笑みを浮かべて、一緒になって床下を覗き込もうとする三成を家康は苦々しい思いで見る。
(一番見られたくない奴に、こんな情けないとこ見られるなんて…)
三成が心からの善意で言っていることは分かっているが、三成にだけは頼りたくないという意地もあったし、何よりもこの件はまだ他人に洩らすわけにはいかなかった。
薬草を紛失したなんて、口が裂けても言えない。
身を起こした家康は着物の埃を叩きつつ、努めて平静な態度を崩さぬままに冷たく言い放つ。
「いいから、お前は余計なことしなくていい」
「しかし…何か大事なものをお探しなのでは…」
「何も探してない。少なくともお前が気にすることじゃない。俺はもう行くから…」
「あっ、家康様、お待ち下さい…」
戸惑った表情を見せる三成を無視して、家康は逃げるようにその場を後にする。
三成が呼び止める声が聞こえたが、聞こえないフリをして無言で立ち去った。
(あれだけ探しても見つからないなんて…誰かが拾って持っていったのか…もしかして朱里が…?)
失くしたのは植物の根で、見た感じは誰も薬草だとは思わないだろう。
たとえ廊下に落ちていたとしても、薬草に詳しくない者が見つければゴミと間違えて捨ててしまっているしれない。
それならそれでいいのだが、有毒植物であるがゆえに、その所在をはっきりさせないまま放っておくというわけにはいかなかったのだ。
「はあぁ……」
自業自得ではあるのだが、面倒なことになったものだ。
家康は悩ましげに溜め息を一つ吐いてから、朱里の部屋へ向かうべく足を早めた。