第105章 毒と薬は紙一重
身体の隅々に残された信長様の愛の証にドキドキと胸を高鳴らせながらもなんとか着替えを済ませて、足早に天主を出た。
廊下ですれ違う女中達は常と変わらず恭しく挨拶をしてくれるが、それがまた何となく気恥ずかしくて、消え入るような小さな声でしか返せない。
己の考え過ぎかとも思うが、どうしても意識してしまっていつも通りに振る舞えないのだ。
(んっ、もぅ、信長様の馬鹿っ!何で起こしてくれなかったのよ!)
とんだ八つ当たりだが、色々平静を失っているせいか、表情が険しくなっていることに自分でも気付いていなかった。
「……朱里??」
「うわっ…っと…い、家康??」
廊下の角を勢いよく曲がった拍子に、前から来た人と軽くぶつかってしまい、慌てて見るとそれは家康だった。
「危ないな、ちゃんと前、見て歩きなよ。あんたに怪我させたら色々面倒なことになるんだからね」
眉間に皺を寄せ、至極迷惑そうな表情の家康に、返す言葉もない。
ぶつかった拍子に、持っていた籠が落ちてしまったらしく、家康の足元には乾燥した薬草が散乱していた。
「ご、ごめんなさい…」
彼方此方に広がってしまった薬草を拾おうと、慌ててしゃがみ込み手を伸ばした私を家康は片手で制止すると、自分で拾い始める。
「ごめん、家康。大事な薬草を…手伝うよ」
「いい、あんたは触らないで。それより何?そんなに急いでどうしたの?」
家康は手早く薬草をかき集めて籠に戻しながら、私を上から下までじぃーっと観察するように見て言う。
「あんた、今日は朝餉の席にもいなかったけど…もしかして体調でも悪いの?」
「えっ…あ、いや…そんなことないよ。ちょっと…寝過ごしちゃって…」
「へぇ…珍しいね、あんたがこんな時間まで寝過ごすなんて」
家康は不思議そうに言いながら、何気なく朱里の首筋に目をやって思わず息を飲む。
(全くもぅ…何やってんの、あの人は…)
艶やかな黒髪に隠れそうで隠れない、計算された場所に一際目立つ真新しい赤い証。
そういう目で改めて見てみれば、確かに目の前の朱里は何とも言えない女の色香を漂わせている。
着物をきっちりと着こなし、化粧も髪も隙なく整えてはいるが…情事の後の女の匂いが全身から匂い立つようだった。
(………って、何考えてるんだ、俺は…)
家康は、かあっと身体の熱が一気に上がった気がした。