第104章 魅惑の果実
唇の上を滑っていた指は、そのまま頬をするりと撫でてから顎先を掬う。
「んっ…あっ…」
ーちゅっ…ちゅうぅ…
ゆっくりと重ねられた唇に驚いていると、ちゅうぅ…と深く吸い上げられる。
「んっ…ふっ…ぁ…」
唇の表面を舌先で擽られると、さしたる抵抗もできず緩く開いてしまう。
当然のように押し入ってきた信長様の舌は、私の舌先を絡め取り、くちゅくちゅと淫らな水音を立てる。
(あ…桃の香りがする。甘くて良い香り…)
桃の甘ったるい香りが鼻に抜け、頭がクラクラした。
絡まる唾液すらも甘く官能的で、互いに夢中で求め合った。
湿った水音と堪えきれずに漏れる悩ましげな喘ぎに、否応なく気持ちが昂ぶる。
甘い甘い口付けに酔いしれて、くったりと身体から力が抜けてしまった私は、信長様のなされるがまま、その逞しい腕の中に身を委ねるしかなかった。
(っ…急に口付けなんてどうして…)
久しぶりの触れ合いに身体はすぐに反応し、口付け以上のものを求めてしまっていたが、心はまだ追い付いていなかった。
素っ気ない態度からの突然の甘やかしに、心がひどく揺さぶられていた。
「んっ…信長さま…急にどうして…?」
僅かに離れた口付けの合間に乱れた吐息とともに問う私に、信長様は意味深な笑みを浮かべる。
「分からぬのか?桃は若返りの秘薬…食せば身も心も精気が満ちるというものだ。それに、桃というものはその形からして何とも官能的だとは思わんか?」
腰に回されていた信長様の手は、着物越しにさり気なく私のお尻を撫でてくる。
「ええっ…そ、そんな…」
(若返りなんて、ただの迷信なのに…信長様だってそんなこと本気で信じておられるはずないのに…せ、精気が満ちるってそういうこと…?)
迷信を信じるなんて信長様らしくない…そう笑い飛ばしたい気持ちなのに、それは信長様の真剣な顔に阻まれる。
両手で頬を包まれて、再び唇が触れそうな距離で甘く囁かれる。
「朱里」
「は、はい」
「この続きは今宵、閨でな。今宵は早く戻る」
「っ……」
約束の証だと言うように、ちゅっ、と額に口付けられる。
そうして、何事もなかったかのように信長様は政務の続きに戻っていった。