第104章 魅惑の果実
そうして残りの桃も互いに食べさせ合っていると、すぐに皿は空になってしまった。
「すみません…結局、私もいただいてしまって…信長様に沢山食べて欲しかったのに」
信長様が喜んで下さったのは嬉しかったが、結局、私だけが沢山食べてしまったみたいで何だか心苦しかった。
「構わん。美味いものは一人より二人で食べた方がより美味く感じるのだと、貴様に出逢い、共に過ごすようになって分かったことだ。貴様が幸せそうに桃を頬張る顔が見られて俺は満足している」
「うっ…それって何だか私が食いしん坊みたいな言い方ですね」
「違うのか?」
「うぅ…もぅ…意地悪ですね、信長様」
「貴様にだけだ」
「っ……」
ニヤリと悪戯っぽく笑う信長様は、いつもどおり余裕たっぷりだった。
ここ数日は政務に追われ、忙しさゆえか険しい顔をなさっていることが多かった。
信長様のお身体が心配で、眉間に深く刻まれた皺を見るたびに胸が痛んでいたが、政のことに口を出すわけにはいかず、もどかしく思っていた。
(こんな風に笑う信長様を見るのは久しぶりだ。私も久しぶりに信長様と穏やかな時間が過ごせたし…政宗と桃のおかげだな)
「ところで朱里、貴様は知っておるか?」
思いがけず訪れた幸せな時間を噛み締めている私に、信長様はとんでもないことを言い出した。
「…?何をですか?」
「桃は仙果とも呼ばれ、古来より不老不死の力があると信じられている。不老不死…つまるところ、若返りの薬と言ってもよい」
「若返り…?」
(ん?これは何かの例え話?桃を食べたからって本当に若くなれるわけないし…まぁ、甘さで疲れが取れるってことはあるかなぁ…)
急に突拍子もないことを言われて訳が分からず、信長様の表情を窺うようにジッと見つめていると、指先で唇の上をすーっと撫でられた。
「っ…んっ……信長…さま?」
「旬のものを食えば長生きするとも言うぞ」
「は、はあ…えっと、あの…?」
(何が言いたいの??これって、何かの謎かけ?)
信長様らしからぬ回りくどい言いように、何と答えてよいのか分からなくなる。
若返りや長生きなどという言葉が信長様の口から出ることも、何だかおかしな感じがした。
口の端を上げ、妖艶な笑みを浮かべる信長様を見つめていると、昼間だというのにゾクリと身体の奥が疼いてしまう。
「あの…信長様…?」