第104章 魅惑の果実
信長様の甘えた仕草にドキドキしながら、楊枝を刺した桃を一切れ口元に持っていく。
(うっ……)
桃が近付いて素直に口を開ける信長様が可愛くて、心の中で身悶えてしまった。
動揺する心を見透かされぬように冷静な顔を装いながら、無防備に開いた口へ桃を差し出すと、パクリと一口で頬張られてしまった。
「ん…甘いな」
(か、可愛いっ…)
桃を咀嚼しながらその甘さに頬を緩める信長様がこれまた可愛過ぎて、再び身悶える。
(何なの?この可愛いが過ぎる感は。さっきまでの仏頂面はどこ行ったの??桃の威力、恐るべし…)
普段なら喜ばれる甘い南蛮菓子を持っていっても見向きもされなかったのに、桃一切れで信長様のこんな笑顔が見られるとは思ってもみなかった。
「ん…」
「……えっ?あ、あぁ…はい…」
言葉は発せずクイっと顎を突き出しただけで再び口を開ける姿に、おかわりを要求されているのだと悟る。
そんな姿も子供みたいで可愛いなと微笑ましく思いながら、また一切れ口に運ぶ。
幸せそうに桃を頬張る信長様を見守りながら私も幸せな気持ちになっていると、信長様はまたも可愛らしい要求をしてきた。
「貴様も食え。俺が食わせてやる。ほら、口を開けよ」
皿の上の桃を一切れ楊枝で刺すと、私の口元に持ってくる。
(うっ…食べさせ合いっこなんて嬉しいけど恥ずかしい…)
「え、やっ…私はいいです。厨で先にいただきましたから…これは全部、信長様の分ですよ?」
「俺が食わせてやると言っているのだ。黙って口を開けろ。それとも…厨で政宗ともこんな風に食べさせ合ってきたのか?」
「えっ…ええっ!?ちょっ…何言うんですか!?そんなことしてませんよ!」
急に不機嫌そうに眉を顰める様子に、私は慌てて否定する。
突拍子もないことを言い出すのはいつものこととはいえ、信長様の感情の起伏についていけなくて困ってしまう。
信長様の有無を言わせない様子に観念して小さく口を開けると、桃が優しく口の中に差し入れられる。
先程食べてきたばかりだが、やっぱり瑞々しくて美味しい。
「ん…美味しいです」
口元に信長様の視線を感じて恥ずかしく思いながらも、美味しくいただいた。