第104章 魅惑の果実
朝早くから夜遅くまでお忙しい信長様と私はすれ違う日々で、当然触れ合う時間があるはずもなく…
(そ、それは確かに信長様と触れ合えないのは淋しいけど…構ってほしいって…思う…けど…っ、ダメダメっ、今はそれよりも身体を休めていただく方が大事なんだもの…淋しい、なんて…言っちゃダメっ…触れてほしい…なんて…思っちゃ…ダメなんだから…)
キュウっと胸が締め付けられるようなこの感情は淋しさなのか何なのか自分でも分からず、心は千々に乱れていた。
「こら、またそんな浮かない顔して…仕方がない奴だなぁ」
複雑な感情を持て余し、黙ってしまった私を宥めるように、政宗はポンポンと頭を撫でてくれる。
その優しい手付きに身を委ねていると、乱れた心がゆっくりと癒されていくようだった。
「っ…ごめん。ありがと、政宗」
「お前は色々と難しく考え過ぎだ。信長様のことが心配なのは分かるが、一人で空回りしてたってどうにもならないだろ?」
「そう…だね」
「多少眠らなくても、ちゃんと飯食って、時々は旬の美味いもんでも食ってたら、まぁ、何とかなるって。ほら、桃、早く持っていけよ」
政宗の屈託のない笑顔に背中を押されて、私は再び信長様の執務室へと向かう。
(信長様、食べて下さるかな。少しでも息抜きになるといいんだけど…)
皿の上の切りたての桃は瑞々しく甘い香りを放っている。
この甘さが信長の疲れを癒してくれることを願いながら、朱里は廊下を急ぎ足で進むのだった。