第104章 魅惑の果実
「ほら、できたぞ」
卓の上にコトリと置かれた皿の音にハッとして見ると、皿の上には皮を剥かれて綺麗に切られた桃の実が乗せられていた。
艶やかで瑞々しい実と芳醇な蜜の香りに、コクリと喉が鳴る。
「ありがとう、政宗。いただきます」
楊枝に一切れ刺して口に入れ一口齧ると、歯に柔らかな果肉を感じる。
一瞬で口の中に広がる甘酸っぱい果汁と芳しい香りに、我知らず顔が綻んでいた。
「んーっ、美味しいっ!甘〜いっ!」
「ははっ…お前、ほんと美味そうに食うなぁ」
「だって本当に美味しいんだよ!やっぱり旬のものは違うね」
「どれ、俺も食ってみるか…おっ、甘いな。こいつは当たりだったなぁ」
政宗と二人、桃を食べる手が止まらず、あっという間に食べ切ってしまった。
「政宗、すっごく美味しかった!ありがとう。あの…これ、信長様にも一つ持って行っていい?」
政宗は夕餉の膳で皆に出してくれると言っていたが、その前に信長様にも味わって欲しかったのだ。
「おぅ、なら今剥いてやるから待ってろ。信長様は政務中か?ここんとこ、ずっと忙しそうだな」
「そうなの。お身体が心配だから少しは休んでいただきたいんだけど…」
私は、信長様を何とか休ませる方法はないものかと思案しているが上手くいかないこと、信長様に分かってもらえなくて困っていることなどを政宗に話した。
「ふ〜ん、それであんな浮かない顔してたのか、お前。まぁ、信長様の体力は底無しだからなぁ。戦に出ればおちおち寝てられねぇから、数日ぐらい眠らなくても平気なのは確かだしな」
「それは分かってるけど、今は戦場じゃないし…旅の疲れもあるはずなのに、無理し過ぎだよ…」
「越後から戻られてから毎日そういう状態ってことは…夜の方もおあずけか?」
「政宗っ!な、何言って…」
「おっ、図星か?そりゃ、淋しいよなぁ」
「なっ……」
うんうんと一人納得したように頷く政宗を見て、開いた口が塞がらない。
(そういう話じゃないってばっ!)
「信長様もお前を抱けばぐっすり眠れるだろうに、そんな時間も惜しいってか?そういうとこ、意外に真面目な御方だよな」
「もぅ!政宗ったら、そういう問題じゃないんだって!」
慌てて否定しつつも、全く的外れな話というわけでもなくて…内心ドキドキしてしまった。