第104章 魅惑の果実
「おっ、朱里、どうした?そんなシケた面して」
信長様の執務室を出てトボトボと歩いていると、前から歩いて来た政宗に声を掛けられる。
「政宗っ!」
「信長様のとこ、行ってきたのか?何かあったか?」
政宗はチラリと執務室のある方を見てから、私の顔を覗き込む。
そんなに顔に出ていただろうかと慌てて頬を押さえる私の手を、政宗はすかさず捕らえる。
「隠すなよ。お前はすぐ悩み事が顔に出るからな。ま、そういうとこが可愛いんだけどな」
ニッと悪戯っぽく笑われてしまい、恥ずかしくて返す言葉が見つからなかった。
「…で?何があった?信長様と喧嘩でもしたか?何だったら俺が慰めてやるぞ?」
「もぅ…そんなんじゃないよ。ちょっと心配事があっただけで…」
「心配事?信長様のことか?ふ〜ん…聞いてやるから言ってみろ」
手を掴まれたまま、ぐっと距離を詰められて見つめられる。
「っ…やっ…近いよ、政宗…ちょっ…やっ…」
あっという間に壁際に押し付けられて、唇が触れそうな距離まで顔が近付く。
「やだ…政宗ってば、ふざけないでよ…」
廊下の真ん中でこんな風に政宗と密着してしまっていることに戸惑ってしまう。
誰か通りかかったら…と思うと胸がざわついて落ち着かない。
「ふざけてなんかない。俺が相談に乗ってやるよ。何をそんなに悩んでる?素直に言わないと…仕置きだぞ?」
政宗の長い指が私の頬をツーっと撫で上げる。
爪先が焦らすように唇の端につっ…と触れてはすぐに離れていく。
(んっ…政宗ったら、何で急にこんなことするの…私、揶揄われてるんだよね?)
政宗は豪放磊落な人で、人目など気にせず己の心の赴くままに動く人だから、こういった際どい触れ合いも本人からしたら大したことではないのだろうが…
(こういう大胆なところは信長様にも通じるものがあるけど…こんな風に触れられるとドキドキしちゃうな…)
政宗に対して特別な感情などないが、強引に触れられた戸惑いから心は不安定に揺れていた。