第104章 魅惑の果実
秀吉さんの勢いにたじろぎながらも、私は信長様の体調への心配を相談した。
私の話を黙って聞いていた秀吉さんだったが、段々と眉間に深く皺が刻まれて悩ましい顔になっていく。
最後には『はあぁ…』と大きな溜め息を吐いてしまった。
「ごめんな、朱里。お前にそんなに心配かけちまって…俺ができるものなら代わりにやるんだが、御館様のご決裁がいるものはそういうわけにはいかなくてな。越後に行かれていた間に溜まった案件を片付けるまで、あと数日はこんな状態が続くだろう。俺も御館様のお身体は心配ではあるんだが…」
「秀吉さんも忙しいのに…ごめんなさい。信長様、最近は毎晩明け方近くまでお戻りにならないの。それも僅かばかり横になられただけですぐお仕事に戻られて…あのご様子ではきちんとお休みになっておられないと思う。私、心配なの…信長様は『これぐらい大したことではない。数日眠らずとも問題ない』なんて仰るし。少しお休みになるように秀吉さんから言ってもらえないかと思って…」
「そうか…だが、御館様は無理を無理と思わぬような御方だからな。俺の言うことを素直に聞いて下さるとは思えん。第一、お前の言うことも聞いて下さらないんだろう?」
「そう…なんだけど…」
「なら、俺が言っても聞いて下さるかどうか…だが、このまま放っておいて御館様がお倒れにでもなったら一大事だ。何とかしないとな…」
「秀吉さん……」
二人して顔を見合わせると同時に深い溜め息を吐く。
(信長様を休ませる方法なんて…そんな難しい方法、あるだろうか?私や秀吉さんがお願いしても聞いて下さらないだろうし、無理矢理休ませるなんてできそうもない…)
たとえ短い時間でもぐっすり眠って下されば、疲れも取れると思うのだが、眠りの浅い信長様をぐっすり眠らせるなんて至難の業だ。
「御館様は疲れ知らずだからなぁ…」
「本人に自覚がないだけで身体は疲れてるよ、きっと!無理にでも休んでもらわなくちゃ…何かいい方法、ないかな?お願い、秀吉さん、協力して!」
「お、おう……」
こうして、私と秀吉さんによる『信長様を休ませる』計画が秘かに始まったのだった。