第103章 旅は道連れ
「……で、やはり貴様らも来るのか」
陽が落ちて辺りが夕闇に包まれる頃、城門前に集まった面々を見て、信長はうんざりした顔で溜め息を吐いた。
「当たり前だ。俺の城下の祭りだ、城主の俺が行かぬ道理がない」
「謙信様の行かれるところには、この兼続、どこまでもついて参ります」
「天女と屋台巡りができるなんて楽しみだなぁ。朱里、今日の君は格別に綺麗だよ」
「チッ、油断も隙もない奴らめ。朱里にそれ以上近付くな」
朱里の肩にさり気なく伸びてきた信玄の手を、信長は邪険に振り払う。
そんな二人の様子を見比べて困ったように口元に曖昧な笑みを浮かべる朱里を、信長は改めてまじまじと見つめてしまう。
非常に癪に触るが、信玄の言うとおり今日の朱里は格別に美しく艶めかしかった。
青藍色の越後上布で仕立てられた着物に淡い亜麻色のような繊細な色合いの帯を合わせ、髪をキリリと結い上げた清涼な装いは盛夏の暑さすら忘れさせるようだ。
結い上げた髪を彩る簪には透き通るような翡翠の玉が飾られていて、それもまた涼やかであった。
露わになった頸に僅かに落ち掛かる後れ毛が、何とも言えない色っぽさだ。
男どもの無遠慮な視線を集めているのが分かって、信長は心の内で苦々しく舌打ちする。
(こんなことなら無理矢理にでも跡を付けてやるのだったな…)
昨夜はいつものように余す所なく朱里を愛したが、いつもの如く首筋の見えるところに跡を残そうとする信長に対して、朱里は頑なに拒絶したのだ。
拒絶されるのはいつものことだが、昨夜は特に嫌がられたためにさすがの信長も無理強いは避けたのだが……
(今宵の装いのためだったか…)
髪を結い上げた朱里は色気が増していつも以上に美しく、信長の心を踊らせたが、それを目にするのが自分だけでないというのが少々気に食わない。
今宵のために義元とともに選んだという装いも、朱里のために誂えたかのようによく似合っていた。
美しく装った妻を目の当たりにした嬉しさと、己が見立てられなかった口惜しさとがないまぜになった複雑な感情に苛まれていて、信長は朱里に気の利いた言葉もかけられないでいた。