第103章 旅は道連れ
「……朱里」
「えっ…わっ…」
いきなり腕を掴まれて強く引かれた私は、前のめりになって信長様の胸元に飛び込んでしまった。
「な、何を…信長様?」
「俺の留守中に他の男と逢瀬とは…聞き捨てならんな」
唇が触れそうな距離まで迫られる。
燃えるような紅玉の瞳が、意地悪そうにギラリと光を帯びる。
「お、逢瀬だなんてそんな…義元さんの馴染みのお店を案内してもらっただけですよ。佐助くんも一緒でしたし…」
「馴染みの店とは?」
「えっ…えっと…呉服屋さんとか小間物屋さんとか」
「何だ、女物の店ばかりではないか」
「そうですけど…」
信長様が不満そうにする理由が分からなくて、戸惑ってしまう。
「信長様?どうされたのですか?何か怒ってます?」
「怒ってなどおらん」
(えーっ、これ、絶対、機嫌悪いやつだよね。ちょっと城下に出掛けただけで…?)
出掛けたといっても着物を選び、帰りに茶屋に寄ったぐらいなのだ。
義元さんに見立ててもらって着物を買ったことは、明日のお祭りまで秘密なので信長様には言えなかった。
「信長様、あの…勝手に出掛けてごめんなさい。でも…逢瀬だなんて私、そんなつもりはなくて…」
囚われた腕の中から信長様を見上げて訴える。
今は理由を言えないけれど、義元さんと出掛けたことにやましい気持ちなどないことを信長様にも分かってほしかった。
「っ…貴様という奴は…無自覚にも程があるぞ。くっ…そんな目で見るな」
「えっ…?」
「分かっている。義元と逢瀬だなどと本気で疑っているわけではない。ただ腹立たしかっただけだ。貴様が俺以外の男と先に春日山城下を歩いたというのが…何とも口惜しいというか…全く、自分でも訳が分からん、つまらぬ気持ちだ」
信長様は、不貞腐れたようにプイっと顔を背けてしまった。
その不満そうな横顔は、いつもより少し赤い気がした。
「私と一緒に…城下を歩きたいと思って下さっていたのですか?」
「………知らん」
見つめても視線を逸らされてしまう。
こんな信長様は初めてで戸惑うが、嫌ではなかった。
面映くて可愛くてずっと見ていたい……本人には絶対に言えないけど。
「信長様…明日のお祭りは私と一緒に行って下さいますか?」
「謙信や信玄…どうせ彼奴らも一緒だろう」
「ふふ…それはそうですけど…私は信長様と行きたいんです」