第103章 旅は道連れ
信玄様に『義元』と呼ばれた男性は、信玄様を嗜めるようなことを言いながらも、装飾の美しい扇子でさらりと口元を隠しながら優雅な所作で微笑んでみせる。
(わぁ…見惚れちゃうな。本当に優雅な方だわ…え、でも、さっき信玄様は『義元』って言わなかった?その名前は聞いたことがあるような…いや、でもまさか…)
「あ、あの、貴方は…」
「ああ、ごめん。自己紹介がまだだったね。初めまして、俺は今川義元。麗しい天女、君の名前も教えてくれる?」
「あ、は、はい…朱里と申します。今川義元様…って、え、ええっ…それって…ど、どういうこと!?の、信長様っ…」
今川義元と言えば、桶狭間の合戦で信長様に敗れた今川家の当主。
今川家は合戦の後、急速に力を失い滅亡、今は存在しない…はず。
つい先日、信長様からその昔語りを聞いたばかりだった私の頭は大いに混乱していた。
桶狭間の合戦……織田家が天下に名乗りを上げた劇的な戦い。
激しい雷雨の最中、敵将である今川義元公の御首を見事に上げての大勝利……という話ではなかっただろうか?
(ど、どういうこと!?えっ、物の怪…じゃないよね、ちゃんと足もあるし…えっ…じゃあ、本物…?)
「えっ…本物…ですか?」
「ふふ…一応、本物だよ。驚かせちゃったかな?今川家は信長に敗れ、俺は死んだはずの人間だものね」
「す、すみません…失礼なことを…」
「気にしないで。今川家は今はもう存在しないけど、俺は訳あってここで謙信にお世話になってる。よろしくね、朱里」
「はい…よろしくお願いします…っ…義元…様」
(私ったら…こんな優雅な人を物の怪扱いなんて失礼過ぎた。でも、それじゃあ、この状況はどういうことなんだろう…?)
目の前で優美に微笑む人に戸惑ってしまい、聞きたいこともそれ以上は聞けない雰囲気だった。
困った私は、助けを求めるように信長様の方を見る。
ある意味当事者である信長様なら、この状況を説明してくれるはずという秘かな期待を込めて……
「信長様…あのぅ…」
「……まぁ、そういうことだ」
「ええっ…」
(そういうことって…どういうことー??)