第103章 旅は道連れ
「慶次?どうかした?」
心配そうに呼びかける声にハッとして顔を上げると、首を傾げて後ろを窺う朱里の不安げな姿が目に入る。
物想いに耽ってぼんやりとしてしまっていたのだろう…急に黙ってしまったことで朱里を心配させてしまったようだった。
(俺としたことが、しんみりしちまってたか…)
朱里の隣で馬を歩ませている信長の方はさすがに振り向いて慶次を見たりはせず、無言のままだ。
「何でもねぇ。ちょっと考え事してただけだ。あー、その、そういや、北条家も上杉とは同盟関係にあるんだったな。朱里は春日山の奴らのことも知ってるのか?」
「え?あっ…うん、そうだね…北条と上杉の同盟は古くて、私の従兄弟が上杉家に人質として入っていた頃もあるんだけど、実家にいた頃、私は政のことは詳しく知らされていなかったから…私が謙信様たちと知り合ったのは最近なの」
「そうなのか?」
「うん!だからこんな風に会いに行けるなんて思ってもいなかったの。謙信様と信玄様、佐助くんと幸村…あぁ、会うのが今からすっごく楽しみだわ!」
朱里の華やいだ楽しそうな話しぶりを微笑ましく思いながら、慶次もまた、一人の男の顔を思い出していた。
怜悧な刃物のように研ぎ澄まされた瞳をしたその男とは、潜入中に偶然知り合った。
自分とは正反対の容姿、性格の男だったが、不思議と気が合い意気投合した……と、こちらは思っているのだが、彼方はどう思っているのかは定かではない。
『直江兼続』
上杉の軍師、謙信の懐刀として名高いその名、それが男の名前だった。
(あいつ、元気にやってるのかな…)
上杉とは同盟関係とはいえ、慶次は兼続と親しくしていたことを信長には伝えていなかった。
同盟を結んではいても信長と謙信が仲睦まじいわけではなく、潜入任務中に上杉の軍師と連絡を取り合っていたとは言い難かったのだ。
(けど、さすがに越後に着いたら兼続とも顔を合わせるだろうし、言わないわけにはいかねぇな。御館様の前で嘘は吐けねぇ)
信長の全てを見透かすような紅玉の瞳の前では、己を偽ることなどできようはずもない。
今回、越後への旅の供を何故か慶次が命じられたのも、もしかすると信長の方にも何か意図があるのかもしれなかった。
(御館様は意味のないことはなさらない御方だからな。俺の隠し事など、とっくに気付いておられるかもしれねぇけどな…)