第103章 旅は道連れ
慶次がつらつらと考え事をしている間にも、一行は旅路を進んでいく。
海が近いのだろう、吹く風が湿り気を含んだ潮の香りを漂わせているのを感じる。
「信長様?何やら潮の香りが…」
「ん?あぁ、この辺りは海が近いからな。もう少し行けば見えてくるだろう」
「わぁ…本当ですか?」
海と聞いて、ぱっと顔を綻ばせる朱里が愛らしい。
(こやつは本当に海が好きなのだな。さすがに泳ぎたいなどとは言うまいが…この様子では、遠目に眺めるだけでは満足しそうもないな)
行く手はまだ森の木々に覆われていて波の音の一つも聞こえないというのに、急にそわそわと落ち着きなく辺りを見回し、くんくんと鼻を鳴らして潮の香りを確かめようとする朱里を見て、信長は苦笑いを零す。
が、呆れながらも内心では、普段は見せないその子供っぽい仕草を可愛いと思ってしまっているのだった。
(これほどに様々な表情が見られるのだから、朱里をこの旅に同行させてよかったと思うべきか…色々と気を揉むことも多いがな)
己が命じて慶次をこの旅の供に選んだわけだが、朱里が慶次と親しげに話す様子を見ていると、思いの外、胸がざわざわとして落ち着かないのだ。
日頃から、武将達と親しくしている朱里を見慣れていることもあり、自分が今更こんな訳の分からない気分になるとは思ってもみなかった。
みっともないとは思いながらも、独占欲を見せ付けずにはおられないのだ。
(朱里が俺の態度に戸惑っているのは分かるが…こればかりはどうにも抑えられん。越後に着いたら更に気を揉むことになるだろうに…全く、我が事ながら先が思いやられるわ)
信長が朱里に気付かれぬよう秘かに溜め息を吐いたその時……
「うわぁ…信長様、見て下さいっ!海っ、海ですよー!」
朱里の殊更賑やかな歓声に、ハッと顔を上げれば……目の前の松林が急に開けて前方に海が見えていた。
陽の光を浴びてキラキラと輝く海面は穏やかに凪いでいる。
北の海は荒れることも多いと聞いていたが、今日は波もそう高くはなく穏やかな様相を呈していた。
砂浜に打ち寄せる波もまた緩やかで規則正しい水音を立てている。
照りつける太陽の下で見る青緑色の海は美しかった。