第103章 旅は道連れ
「尾張を出て、どこへ行くつもりだ?」
「さぁて、どこへ行きましょうかね…何せ次の仕官の当てもまだないもんでね」
「……やはり利家の下には付きたくないか?」
「城主としての力量は認めますが、俺はあいつとはどうにも馬が合わない。自分を偽ってまで仕えたい相手だとは思いませんね」
一切の躊躇いもなく、きっぱりと言い切る慶次に対して、信長もまた怒るわけでもない。
慶次の言葉に、愉快そうに口角を上げて笑みを見せる。
「ならば、貴様は己の思う道を行け。己の生きる道は己の手足で切り拓け。人は必死に生きてこそ、その生涯は光を放つ。貴様には人を惹きつける才がある。その才を存分に活かし、己の思うままに生きるがよい」
「っ…御館様っ……」
「人の一生は儚い。限りある一生を、己を偽って生きるなどつまらぬとは思わぬか?己の思うまま生涯を全うし、いつか己の生きた証を残せれば良い。貴様はそのような生き方ができる男だと俺は思っている」
「っ……」
「仕える価値のある新たな主君を探すもよし、武功を上げ、再び織田に帰参するもよし。貴様の好きに致せ」
「御館様…」
淡々とした感情のあまり感じられない口調とは反対に、慶次を見下ろす信長の目は穏やかだった。
初めて言葉を交わした相手を見るとは思えぬ慈愛に満ちた深紅の瞳に、慶次は自分がひどく惹きつけられていくのを感じていた。
『傾奇者』『場を和ませる賑やかしい男』と言われ、明るい道化を演じる自分と、周りをどこか冷めた目で見るひねくれ者の本当の自分。
上手く演じてきたつもりだが…信長には全て見透かされていたような気がする。
(まともに話したこともなかったっていうのにな…この御方はいつから俺を見ておられたのか…)
信長の懐の深さに触れて、今更ながらにこの御方のことをもっと深く知りたいと思う。
尾張を去ることに後悔はなかったはずなのに、信長の前を辞することにどうしようもなく躊躇いを感じてしまっていた。
(本当に、この世は予想が付かねぇことばかりだ。けど、そういうのもまた面白いのかもしれない。御館様が初めてだ…心の底から『仕えてみたい』と思った御方は…)