第103章 旅は道連れ
「随分と嬉しそうだな」
呆れたような信長様の口調にハッとして、緩みかけていた顔を引き締める。
「嬉しいですよ。越後には初めて行くのですもの。春日山城下は賑わっているのでしょうか?越後は海に面していますよね?この旅の間に海も見れるといいなぁ…」
まだ見ぬ越後の地に思いを馳せる。
日頃、城から遠出する機会が少ない私にとっては、初めて訪れる越後の地は興味深くてならないのだ。
「…………それだけか?」
「えっ?それだけって…?あっ、越後は豊かな土地と聞いています。米の取高が多くて酒造りも盛んなところだと。謙信様もお酒がお好きなようでしたし、美味しい地酒もあるのでしょうね…楽しみですね!」
「……ああ」
(あ…私、ちょっと呑気過ぎたかな?信長様と旅ができるのが嬉しくて、この旅の目的がご公務だってこと、忘れかけてた…ダメだな、しっかりしなくちゃ…)
気を抜くと、楽しくて緩みっぱなしになってしまう表情を、再びグッと引き締めた。
「くっ…何を百面相している?っ…くくっ…やはり飽きんな、貴様は…ふっ、ははっ…」
我慢できないといった風に、堪えきれずに笑いを溢す信長を見て、朱里もまた必死に抑えようとしていた表情が緩んでしまう。
「ふふ…もぅ、信長様ったら…そんなに笑わないで下さい。ふふ…」
二人が仲睦まじく笑い合う様子を、慶次は意外な思いで見ていた。
「これは驚いたな。御館様が声を上げて笑われるとこなんて、初めて見たぜ!」
「朱里様がお傍にいらっしゃるようになってから、信長様が我々の前でも感情をお見せになることが増えたように思います。お二人は本当に仲睦まじくていらっしゃいますね!」
にっこりと無邪気な笑みを見せる三成を見ていると、慶次は何とも言えない不思議な気持ちになる。
慶次が知る信長は、常に感情を表に出すことはなく、家臣の前で声を上げて笑うような人ではなかった。
深紅の瞳はいつも冷たく凍ったまま孤独の色を浮かべていて、秀吉ら近しい家臣以外を傍に近付けようとはしなかった。
家臣達の間では、信長はその圧倒的な存在感から常に畏怖の対象ではあったけれども、主君とはいえ、どこか近寄りがたく遠い存在だったのだ。
実のところ、慶次にとっても信長は理解し難い主君であった。
あの日、言葉を交わすまでは……