第103章 旅は道連れ
「……習ったことはない。だが、槍も薙刀も似たようなものだろう?この俺が出来ぬはずはない」
「それは…そうかもしれませんけど…」
(信長様は何をやっても完璧にこなされる方だから、確かに、やったことなくても上手くやれちゃいそうだけど…でも…」
「私のためにお忙しい信長様の手を煩わせるなんてダメです。ただでさえ政務に視察にと、休む間もないんですから。大丈夫です、私、慶次と頑張ります!」
「むっ……」
(あ、あれ…?信長様、機嫌悪い…?私、変なこと言ったかな…)
分かりやすく唇を尖らせて機嫌の悪さを主張する信長様の態度を不審に思ったものの、さすがに日々忙しい信長様に私の都合で薙刀の稽古に付き合ってもらうなんて申し訳なさ過ぎて無理だった。
(慶次に薙刀の心得があるなんて意外だったけど…ふふ…久しぶりに思いっきり身体を動かすの、楽しみだな)
「………………」
楽しい想像に思わず表情が緩んでしまっていた私の方を、信長様が不満げに見ていたなんて…その時の私は気付きもしなかった。
そうして他愛ない会話をしながらも、私達は順調に馬を進めていった。
一時、機嫌が悪いのかと心配した信長様の様子も、今は普段通りに戻っている。
(この旅の間、時折こんな風に信長様の機嫌が悪くなっているような気がするのだけど、私の気のせいだろうか……何がきっかけか分からないから何とも言えないけど…)
チラリと隣に馬を並べる信長様の方を窺う。
その横顔はいつもどおり端正で見惚れるぐらい素敵だ。
(うーん、今日も格好いいな。旅の疲れも吹っ飛んじゃう)
「くくっ…そんなに見つめられると、顔に穴が開きそうだな」
「わっ…す、すみません…」
(うっ…気付かれてたなんて、恥ずかしい)
「そういえば、信長様は越後には行かれたことはあるのですか?」
恥ずかしさを誤魔化すように話題を変えてみる。
「ああ、上杉とは今は同盟関係にあるからな。越後は遠く、冬場は雪によって閉ざされる国ゆえ、頻繁に行き来しているわけではないが…まぁ、謙信は頻繁には会いたくない男だがな」
「ふふ…」
謙信様の冷たく澄んだ色違いの瞳を思い出す。
春先に大坂城下で初めてお会いしてから、まさかこんなに早く再会する機会に恵まれるとは思っていなかった。