第103章 旅は道連れ
「朱里っ…」
何とか理由を付けて宴の席を抜け出した信長は、その足で真っ直ぐに朱里のいる部屋へと向かう。
具合が悪いなら寝ているかと思い、静かに襖を開け、身を滑らせるようにして室内に入った。
明かりは灯っていたが、部屋の中はしんっと静まり返っていてひと気がなかった。
(やはりもう休んでいるのか…それほどに悪いのか)
室内に朱里の姿がないことに悪い想像ばかりが掻き立てられて、信長は足早に奥の寝所の方へと向かう。
「朱里…?」
控え目に名を呼びながら襖をそっと開ける。
「……えっ?あれ??信長様っ!?どうして……」
朱里は敷かれた褥の上に座り、何やら書物を読んでいたようだが、いきなり入ってきた信長に驚き、目を見張る。
信長の方も、てっきり横になっているものとばかり思っていた朱里が起きていたことに面食らっていた。
「朱里っ!貴様の方こそ、どうしたのだ?具合が悪いと聞いたぞ。どこが悪い?熱か?起きていて平気なのか?」
「えっ…そ、それは、その…」
朱里はもじもじと落ち着きなく手元の書物を弄りながら、しどろもどろになっている。
信長は居ても立っても居られず褥の傍に寄り、朱里のほっそりとした手首を取った。
「ひゃっ…」
膝の上から読みかけの書物が滑り落ち、バサッと派手な音を立てる。
信長はそれを無造作に横に押しやって、朱里の隣ににじり寄ると片手で手首を掴んだまま、もう片方の手をそっと頬へと伸ばす。
武骨な手がスリスリと優しく頬を撫でさするが、信長は無言のままだ。
「あ、あの、信長様??」
朱里が信長の一連の動きに戸惑っていると、いきなりコツンと額が重なった。
(えっ?な、何…何なの…??)
「……熱は…なさそうだな。脈も…乱れてない。顔色は…少し冴えないか?いつも以上に色が白いようにも思えるが…温かみはあるようだ」
ブツブツと独り言のように呟く信長の様子に、朱里は訳が分からずに動けないでいた。
憂いを帯びた深紅の瞳が間近に迫り、その美しさにドキドキと胸が高鳴る。
触れ合った額が急速に熱を帯びて熱くなっていくような気がして、信長に伝わってしまわないかと気が気ではなかった。
更には、唇が触れそうで触れない距離で信長の吐息を感じてしまい、息が止まりそうだった。
(っ…ダメだ…こんな訳の分からない状況なのに、信長様が素敵過ぎて…堪えられない)