第103章 旅は道連れ
「朱里っ…」
「えっ…あっ……」
慶次の屈託のない笑顔に目を奪われていた私は、いきなり信長様に腰に腕を回されて引き寄せられてしまう。
突然のことに身体の均衡を崩してしまった私は、よろめいたまま一瞬のうちに信長様の腕に絡め取られていた。
背中からぎゅっと強く抱き締められて、慌ててしまう。
「やっ…あ、あの、信長様、急に何を…?ひ、人前ですよ?」
「貴様の身体は俺のものだろう?俺のものに触れるのに、人前だろうが何だろうが関係ない。此奴らに遠慮など必要ない」
「でも…んんっ…ちょっ…ダメっ…」
耳元へ熱い息が触れて…カプッと耳朶を甘く食まれる。
(やっ…秀吉さん達が見てるのにっ…こんなの恥ずかしい…)
わざと見せつけるような信長様の態度に戸惑いながらも、その甘過ぎる抱擁を強く拒絶することもできない。
「俺の好きにされたくないのなら、もっと嫌がったらどうだ?ん?この手を振り払えばよいだろう?」
「っ………」
耳元で意地悪に囁かれ、ますます抵抗できなくなって為す術もなく信長様の腕に身を預ける。
「っ…あー、その、御館様…私は、その…先に執務室へ参りますので…慶次っ、お前も行くぞ!」
「えっ…いや、俺はまだ話が…」
「いいから来いっ!ほら、早くしろ!」
「ちょっ…待てよ、秀吉…」
秀吉は強引に慶次の腕を引っ張って、足早に信長の御前を辞する。
主君の返答も聞かずに無礼かとは思ったが、信長のあからさまな態度が見ていられなかったのだ。
「おーい、秀吉!ちょっと待てって。もういいだろ?」
廊下の角を曲がり、信長たちの姿が見えなくなるところまで来て、秀吉に引っ張られていた慶次が立ち止まる。
「いやぁ、いきなりあんなことになるとは、びっくりしたぜ。あー、その、あれは…御館様流の焼きもち…ってことで、合ってるか?」
「……だな」
「御館様があんなに分かりやすい態度を示されるとこなんて初めて見た。俺が城を離れてる間に随分と変わられたようだな…ま、良い意味でだけどなっ!」
ニカッと笑った慶次は、愛しげに朱里を見つめていた信長の熱っぽい視線を思い出す。
(天下人の寵妃…信長様に愛される唯一の女か…面白いな。これは越後行きが益々楽しみになってきたぜ!)