第103章 旅は道連れ
苦々しい口調で文句を言いながらも、秀吉さんは慶次殿を心配しているみたいだった。
「悪い悪い、すっかり忘れちまっててなぁ…そんなに怒るなよ、秀吉。次から気を付けるって!ところで御館様、こちらの麗しい姫様はもしかして…」
「俺の正室だ。朱里という」
「やはりそうでしたかっ!いやぁ、お二人の姿を見て、もしやと思いましたが…噂に名高い天女様にお会いできるとは、まさに光栄の極み!」
「そ、そんな天女だなんて大袈裟な…」
「いやいや、京や堺でも随分と評判でしたよ!ほんと、綺麗だなぁ」
ニコニコと屈託のない笑顔を見せながら、ぐいぐいっと距離が近くなる。
(わ…近っ…)
「こーら、慶次!少しは遠慮しろ、御館様の御前だぞ。というか、お前、ちゃんと挨拶したのか?朱里と会うのはこれが初めてだろ」
「お、そうだった。俺の名は前田慶次。日ノ本一の傾奇者とは俺のことだ。訳あって長らく織田家を離れていたが、この度、無事に帰還を果たしたってわけだ。以後お見知りおきを、奥方様!」
「日ノ本一のお騒がせ者の間違いだろ?お前なぁ、御館様の御正室にそんな無礼な挨拶があるか!やり直せ!」
「ひ、秀吉さん、落ち着いて…私は全然気にしてないから大丈夫だよ。慶次殿、朱里と申します。奥方様、じゃなくて朱里と名前で呼んで下さいね。秀吉さん達にもそうしてもらってるから。これからよろしくお願いします」
「おう!よろしくな!俺も慶次って呼んでくれたらいい。慶次殿、なんて柄じゃないからな」
「それはそうだ」
うんうんと頷く秀吉を、物言いたげにチラリと横目で見てから、慶次は信長に向き直って胸を張る。
「御館様、此度の越後行きの件、供を命じていただき、ありがとうございます。お二人の御身は、この前田慶次が命に替えてもお守り致しますのでご安心を!」
「ああ、貴様には期待している」
信長は慶次に意味深な視線を送りながらも、鷹揚に頷いて見せる。
(本当にお日様みたいに明るくて元気がいい人だな。そこにいるだけで周りの人を楽しい気持ちにさせる人って感じ。長く織田軍を離れていたということだけど、どんな理由があってのことかしら…)
豪快な笑い声を上げながら秀吉と言い合っている慶次を、信長の前だということも忘れて思わずじっと見つめてしまっていた。
初対面だが、それほどに惹きつけられる魅力のある人だった。