第103章 旅は道連れ
「あ、雨、上がりましたね、信長様」
朝の軍議が終わって広間を出ると、朝から降っていた雨は止み、雲間から陽射しが見え始めているところだった。
廊下を歩きながら庭へ目を向けると、紫陽花の葉に落ちた雨の雫がキラキラと輝いていた。
(あ、綺麗…雨上がりの紫陽花って色合いが際立って、美しさがより引き立つ感じがして好きだな)
庭の紫陽花の美しさに見惚れて、思わずその場に立ち止まると、信長様も一緒に足を止めて下さった。
「紫陽花か…今年も見事に咲いているな」
「はい!安土のお庭も美しかったですけど、こちらのお庭の紫陽花も見事で…ずっと見ていても飽きないですね」
「梅雨時は何かと面倒なことも多いが、雨の潤いは花木をより美しく見せてもくれる。雨上がりの澄んだ空気も心地良いな」
「雨上がりって何となく気持ちが湧き立つっていうか…楽しい気分になりますものね」
「そうだな」
「御館様っ!」
紫陽花の鮮やかな色合いを二人で楽しんでいると、後ろから信長様に呼びかける明るくて大きな声がした。
(ん?誰だろう…わっ、派手な出で立ちの人だなぁ)
声がした方を見ると、派手な色目の着物を違和感なく着こなした大柄な男性が、真夏の太陽のように明るい笑顔を浮かべて立っていた。
「慶次か…貴様、軍議にも出ず、今までどこにいた?」
信長様は、男性の派手すぎる出で立ちに驚く様子もなく、いつもどおりの冷静な声音で応じる。
(慶次…?慶次って…)
「いやぁ…朝一番に兵達の鍛錬に付き合ってたら時間を忘れるぐらい没頭しちまって…気が付いたらこんな時間に…すみません!」
大袈裟なほど勢いよく、ペコリと頭を下げるが、その表情には悪びれた様子はなく、太々しいほどに屈託がなかった。
(賑やかで明るい人…この人が、信長様の仰っていた前田慶次殿かしら…?)
「こらぁ…慶次っ!お前、軍議、サボってどこ行ってた?勝手な行動は慎めって…あれほど言っておいただろうがっ!」
「わっ、口煩いのが来ちまった…」
「っ…秀吉さん!?」
廊下を全速力で駆けてくるのは秀吉さんで、険しい表情のまま私達の前まで来ると、慶次殿を苦々しく睨む。
「全くお前は…軍議にはちゃんと参加しろって言っといただろうが…それでなくても、帰参したばかりのお前のことを良く思ってない連中が多いんだからな。少しは気を遣え」