第103章 旅は道連れ
信長は、一瞬、驚いたように小さく息を呑んでから、はぁ…っと悩ましげな溜め息を吐く。
「貴様には敵わんな。一緒に旅がしたいなどと、そのように愛らしく強請られては、ダメだとは言えぬではないか。全く…俺の心を弄ぶとは…」
「えっ…や、そんなつもりじゃ…弄ぶ、だなんて、そんな大袈裟な…」
「やれやれ…無自覚か?俺が貴様にそんな風に迫られて断れるはずがないだろう?」
「も、もぅ!私、そんな…迫ってなんかいません!ちょっとお願いしただけ…っ、やっん…あっ…」
いきなりグイッと腕を引かれて、身体を引き寄せられる。
突然のことに体勢を崩した私は、信長様の腕の中にすっぽりと囲われてしまった。
「やっ…何ですか、急に…んっ…」
ちゅっ、っと可愛らしい音を立てて額に口付けられる。
「……可愛いことばかりする貴様が悪い」
「んっ…そんなこと…あっ、んっ…」
ニッと悪戯っぽく口角を上げて笑うと、信長様は私の顔中に口付けの雨を降らせる。
額から目蓋の上へ、鼻の頭へ、頬へ…と、ちゅっちゅっと啄むようにして唇を滑らせていき、仕上げのように唇にそおっと重ねられる口付けは、この上なく優しい。
「っ…んっ…信長さま?」
腕の中で小さく身を捩る朱里が可愛くて、信長は抱き締める腕にぎゅっと力を入れる。
(本当に…何を言っても何をしても愛らしくて困る)
謙信からの文には、それが当たり前だと言うかのように『朱里を同行させろ』と書いてあった。
さも当然のように添えられたその一文が、無性に腹立たしい。
朱里と共に旅をする楽しさ…その誘惑には抗えないとはいえ、彼奴らに今一度、朱里を会わせることになるのかと思うと、苛立ちの方が勝っていた。
(朱里は俺だけのものだ。できることなら、誰の目にも触れさせたくはない…)
狭量なことだと自分でも呆れるが、朱里が謙信たちを慕っている様子なのも正直言って気に入らないのだ。
だが、愛しい女の望みは何であれ叶えてやりたいとも思う。
相反する気持ちを持て余し、心の内で一人葛藤しながら、信長は朱里の身体を掻き抱いていたのだった。