第102章 薫風に泳ぐ
「あ、あの…今朝は早くに目が覚めてしまって…これは、その…『鯉のぼり』といって、端午の節句に飾るもので…昨日、佐助くんから吉法師の初節句のお祝いにって貰ったんです。昨夜、吉法師を寝かしつけた後でお見せしようと思ってたんですけど…」
(鯉のぼりのこと、言い出す前に押し倒されちゃったからな…)
「佐助…?佐助とは…謙信のあの奇妙な忍びか?あやつが来たのか?おい、俺は聞いてないぞ、朱里っ!」
「そ、それは…昨夜話そうと思ってたって言ったじゃないですか!信長様が…その、朝まで離してくれなかったから…言い出せなくて…」
「っ……」
頬をほんのり朱に染めて恥ずかしそうに下を向く朱里を見てしまうと、信長もそれ以上問い詰めるわけにもいかず……
「あの忍び、俺の目を盗んで度々この城に忍び込むとは、侮れん奴だ」
「佐助くんはちょっとすごい忍びなんです」
「ふっ…飄々と訳の分からんことを言う奴だが、なかなかに面白い奴だ。謙信の忍びにしておくには勿体ないな。で、その『鯉のぼり』とやら、どうするつもりだ?端午の節句にそんなものを飾るなど、聞いたことがないぞ」
「はい、私も初めて聞いたのですが…佐助くんの故郷の風習だそうですよ。この竿に付けて、旗指物みたいに外に飾るのだそうです。天主の欄干に飾れば、鯉が風にそよいで気持ち良さそうに見えるんじゃないかと思って…」
「ふむ…それは面白そうだな。大きなものではないゆえ、城下からは見えぬのが残念だが。しかし、あやつの故郷とは…何かと変わったところのようだ。次に会ったら色々と聞きたいこともある。朱里、次は俺も奴に会うからな」
「は、はい…」
(信長様、興味津々って感じだな。大丈夫かな、佐助くん…)
思わず、信長の質問攻めに遭う佐助の姿を想像してしまう。
「夜が明けたら、俺が飾ってやろう。それにしても、なかなかよく出来ているな。染めの技術も見事だ」
「ええ、立派なものですね。4匹とも色も大きさも違って面白いですし……あっ!」
昼間はさっと見ただけで仕舞っていたのだが、改めて鯉のぼりを広げてみて、気付いたことがあった。
「どうかしたか?」
急に声を上げた私を、信長様は不思議そうに覗き込む。