第102章 薫風に泳ぐ
翌朝、明け方のまだ薄闇が広がる時刻、信長はいつものように目を覚ます。
昨夜もまた貪るように朱里を抱き、最後には意識を失わせるほどに甘く激しく責め立てた。
身体に残る余韻と微かな気怠さに、信長は寝台の上で寝返りを打ち、隣で眠る愛おしい存在に手を伸ばす……
「……朱里?」
寝起きの掠れた声は、いつになく頼りなげに響く。
触れようと伸ばした手は、虚しく宙を泳ぐのみだった。
(っ…何故おらん?あやつ、どこへ…?)
気怠い身体を起こし、寝所の中を見回すも、シンっと静まり返った薄暗い寝所の中に朱里の姿はなかった。
隣の小さな寝台の上では、吉法師がすぅすぅと可愛らしい寝息を立てて眠っている。
(あやつが先に目覚めるとは珍しい。てっきり今朝は起きられぬものと思っていたが…)
信長の激しい責めに身を震わせて歓喜の声を上げていた朱里の艶めかしい肢体が思い浮かび、腰がズクリと疼く。
昨夜あんなにも愛を交わし満たされたはずが、朱里の姿を思い浮かべるだけで狂おしいほどの渇望に苛まれる。
「……朱里」
頼りなげに名を呼ぶと、居ても立っても居られなくなり、信長は勢いよく寝台を下りた。
吉法師を起こさぬように足音を殺して歩き、そっと襖を開ける。
「あっ…信長様…?」
「なっ…朱里?貴様、こんなところで何をしている?」
襖を開けた続きの間で、朱里は夜着のまま床の上に座り込んでいた。
目の前には何やら色鮮やかな布が広げられていて……
「……魚?何だ、それは?」
「ぁっ…ええっと…これはその…」
しどろもどろになる朱里を横目に、信長は目の前の布を凝視する。
(魚…これは鯉か?鯉の形をした布が全部で4枚…いや、この場合4匹と数えるべきか…?旗指しの竿のようなものがついているが…何なのだ、これは…?こんなものは初めて見る)
「おい、この珍妙な鯉は何だ?貴様、夜も明けぬうちからこんなものを広げて何をしていた?」
薄暗い部屋の中で一人、色とりどりの鯉を広げて見ている姿は、何とも言えない異彩を放っているような気がして、信長は不審げに朱里を見る。