第102章 薫風に泳ぐ
その日の夜、湯浴みを終えた信長は吉法師を腕に抱いて天主へと戻る。
湯上がりでさっぱりした風情の信長と吉法師を、朱里は微笑ましい思いで出迎える。
「信長様、ありがとうございます。吉法師、気持ちよかったねぇ」
吉法師を朱里に預け、濡れた髪を無造作に掻き上げる。
吉法師を湯冷めさせてはいけないと早々に湯殿を出たために、適当に拭いた髪からはポタポタと水滴が滴っていた。
「信長様、御髪が…」
「ああ、すまん。ふぅ…今宵は少し蒸し暑いな」
朱里が差し出してくれた手拭いを受け取りながら、廻縁へ出る。
今日は昼間も良い天気で陽射しも強かった。
陽が落ちてからも気温はさほど下がっておらず、風がなく蒸し暑い夜だった。
(まだ皐月の頃だというのに、今宵は暑いな。風でもあれば少しは過ごしやすいのだが…)
手拭いで髪を拭きながら、湯浴みで火照った身体に扇子で風を送る。
欄干に凭れながら室内へと目をやると、朱里は吉法師をあやしているところだった。
吉法師は「あーあー」と可愛い声を上げて、バタバタと手足を動かしている。随分と機嫌が良いようだ。
「その調子ではなかなか寝付かぬのではないか?」
「ふふ…随分とご機嫌ですね。昼間はよく眠っていたみたいですけど…そういえば、そろそろ夜泣きが始まる頃なんですよね」
「それはいかんな。貴様と睦み合う時間を邪魔されるのは困る」
「っ…やだっ、もぅ…なんてこと言うんですか!?」
「事実だから仕方がない。途中でお預けを食らう身にもなってみろ」
「お、お預けって…」
涼しい顔で扇子を扇いでいる信長とは対照的に、朱里はかぁっと顔を赤らめる。
(結華の時はひどい夜泣きに悩まされて、途中でお預けどころか、禁欲?って感じだったな…それに比べれば今は全然普通にできて…って、私ったら何考えてるんだろう!?)
「どうした?顔が赤いぞ?」
「もう!信長様が変なこと言うからですよ!」
「だぁーだぁー」
(ほら、吉法師も『そうだそうだ』って言ってる!)
「別におかしなことは言ってない。貴様が勝手に不埒な想像をしているだけだろう?なぁ、吉法師?」
「だぁーだぁー」
「ほれ、吉法師も『そうだ』と言っておる」
「違いますよっ!」