第102章 薫風に泳ぐ
(急に何を言い出すのかと思われるだろうか…でも……)
幸福に満ちた今の気持ちを、信長様にも伝えたかった。
「貴様が幸せならば、俺も満たされた心地になる。家族など、俺には生涯無縁のものだと思っていた。守らねばならぬ者ができてしまえば、それが己自身の枷になると思っていたからだ…貴様に出逢うまでは。
貴様と出逢い、子を持って…守るべき者の存在は、今や俺の生きる標だ。朱里、貴様と子らと過ごす、この他愛ない日々に、俺もまたこの上ない幸福を感じている」
「信長様っ…」
いつしか歩む足が止まり、互いに見つめ合っていた。
「朱里……」
繋いだ手をぐっと引き寄せられて、身体が触れ合いそうなほど距離が近付く。
「っ…あっ…信長、様…」
一歩…信長様が私の方へと距離を縮めて……
「もーっ!父上!母上!何をなさっているのですか?早く行きますよ!」
パタパタと駆けてきた結華が、ぷぅっと可愛らしく頬を膨らませて私達の手を取る。
「ほらぁ、早くしないと学問所に着くのが遅れちゃいますよ、母上!父上も急いで下さい!」
早く早くと言わんばかりに、結華にグイグイと腕を引かれてしまい、思わず信長様と顔を見合わせる。
「ふ、ふふふ…怒られちゃいましたね、信長様」
「くくっ…この俺が子に怒られる日が来ようとはな」
結華に腕を引かれて歩き出しながら、信長様と二人、声を上げて笑い合う。
結華もまた、父と母が楽しげに笑うのにつられて嬉しそうに表情を緩めていた。
楽しい気持ちをそのままに、私達は人目を気にせず、外で声を上げて笑い合った。