第102章 薫風に泳ぐ
抜けるような青空の下、天高く聳え立つ大坂城の天主で悠々と泳ぐ鯉のぼり。
色鮮やかな鯉が風にそよぐ様は、さぞ美しいことだろう。
想像しただけで気持ちが浮き立ってくるようだった。
佐助くんからの思わぬ贈り物に、五月晴れの爽やかな空のように華やいだ気持ちになる。
「喜んで貰えて俺も嬉しい」
表情筋をピクリとも動かさないで言う佐助くんだけど、私の目にはどことなく満足そうにも見えた。
「信長様も珍しいものがお好きだから、この鯉のぼりもきっと気に入って下さると思う。こんな立派なものを作れるなんて、佐助くんって本当器用だね」
「戦国ライフを充実させるため、日々の研究は欠かせない。因みに、最も力を入れているのは、新型のまきびし作りだけどね」
「そ、そうなんだ……(戦国らいふ…?まきびし…?)」
「朱里さんには是非、越後にも遊びに来て欲しい。謙信様や信玄様も君に逢いたがってるよ。信長公が許してくれるといいんだけど」
「本当?私もお逢いしたいわ。でも信長様は…許して下さるかしら…」
越後には行ってみたいが、信長様は簡単には許してくれないだろう。
こうしてこっそり佐助くんと会っていることが知られただけでも、機嫌を損ねられるかもしれないのだ。
鯉のぼりのこともどんな風に話そうかと思案し始めた、その時……廊下の方から聞き慣れた足音が聞こえてきて……
「っ…佐助くんっ、隠れて!信長様が…」
慌てて鯉のぼりを風呂敷に包み直して隠し、佐助くんが天井裏に消えるのを確認したその時、いつもの如く、襖が勢いよく開かれた。
「信長様っ!」
「……………」
信長は、勢いよく開いた襖の取手に手を掛けて、無言のままチラリと室内に視線をやる。
ほんの一瞬感じた違和感の正体を探るように何事か思案する信長に、朱里は慌てて駆け寄った。
「どうなさったのですか?朝の軍議は?もう終わったのですか?」
広間での朝餉の後、そのまま朝の軍議に入った信長は、常ならばそのまま執務室に向かうはずだった。
「………ああ、この後、執務室に行くつもりだ…が、その前に貴様の顔が見たくなった」
ニヤリと悪戯っぽく口角を上げて笑む。
「っ…やっ…もぅ…さっきまで一緒にいたのにそんなこと…」
朝、一緒に目覚めてから広間で皆と朝餉をいただくまでお傍にいたのだ。