第102章 薫風に泳ぐ
風呂敷包みから取り出して佐助くんが広げてくれた布は、確かに鯉の形をしていて、大きい鯉、中ぐらいの鯉、小さい鯉が上から順に竿に取り付けられた、初めて見るものだった。
そもそも『鯉のぼり』という言葉も初めて聞いた。
古く大陸より伝わった端午の節句は、皐月の頃に菖蒲の薬草を摘んで飾り、邪気を祓うといった宮廷行事である。
菖蒲には病や災厄を祓う力があると信じられており、尚武(勝負)とも言われて武家の間にも広く知られていた。
この時期は季節柄、晴れた日も多く、武具の手入れや虫干しにも適した気候であることもあり、武家の家々では風通しの良い場所に甲冑や兜が並べられる重要な日でもあった。
(端午の節句といえば、菖蒲酒や菖蒲湯、ちまきを食べるぐらいかしら…鯉のぼりなんて聞いたことないな。のぼり、っていうぐらいだから外に飾るのかな?)
「佐助くん、私、鯉のぼりって初めて聞いたんだけど、越後では端午の節句に飾るものなの?」
「いや、これは俺の故郷の風習なんだ。そうか、やっぱりこの時代にはまだなかったか、鯉のぼり……」
「えっ?」
「大丈夫、問題ない。実は俺の故郷は遠く離れた地なんだけど、そこでは端午の節句は男の子の誕生と健やかな成長を祈る行事なんだ。甲冑や兜、鯉のぼりを飾って、ちまきや柏餅を食べるんだ。
男の子のお祝いだから吉法師様にと思って…この鯉のぼりは、俺が作ったんだ」
「佐助くんが!?それはすごい…でも、何で鯉なの?」
「その昔、大陸にある竜門という滝を鯉だけが登りきり、竜になったという古の故事になぞらえてて、鯉のように、たとえ困難に遭遇しても逞しく立ち向かい、立身出世できるように、という願いが鯉のぼりには込められているんだ」
「そうなんだ。由来のあるものなんだね。それにしても、立派だね、この鯉のぼり」
色鮮やかに染め上げられた大小の鯉は、一流の職人が作ったみたいに見事な出来だった。
(これを佐助くんが作ったなんて…忍びって何でも出来るの?)
「本当は外に柱を立てて飾る用のもっと大きな鯉のぼりを作りたかったんだけど、それだと持ち運びに困るから断念した。因みにこの竿は伸縮できるんだ。ぜひ、天主の欄干に飾ってみてほしい」
「ありがとう!吉法師はまだ赤子だから見れないのが残念だけど、この鯉のぼりが天主で風に泳ぐところは、想像するだけで素敵だよ!」