第102章 薫風に泳ぐ
「ダメだ。許さん」
「ええっ…そんな…」
不機嫌そうに顔を顰めて茶を啜る信長様を見て、私は焦ってしまう。
(嘘っ…予想以上に不機嫌…)
結華と話をした後、お茶の用意をして信長様の執務室に向かった私は、二人で新作のお菓子を味わいながら、『学問所に行きたい』という結華のお願いを信長様に伝えたのだった。
が……即答で却下されてしまった。
おまけに、新作の菓子を食して綻んだ顔が一瞬にして強張るという、超絶不機嫌に陥った模様。
「の、信長様、あの……」
「許さん。結華は学問所になど行く必要はない」
「いえ、あの、学問所に通うわけじゃなくて、一度見学するだけなんですけど…」
「ダメだ」
「何故ですか?同年代の子供達が学ぶ姿を見ることは、結華にとっても良いことだと思うのですが…」
「そんなことは分かっている。だが…ダメなものはダメだ」
「信長様……」
珍しく頑なな信長の態度に、朱里は困惑を隠せない。
常の信長ならば、政に関わることでなければ、朱里の頼みを無下に断るようなことはしないはずなのに……
そんなにも結華を手元から離したくないのだろうか…
(結華が心配だからとはいえ、これはさすがに過保護が過ぎるんじゃ…)
「……どうしてもダメですか?結華の願い、叶えてはやれませんか?」
「くっ……」
苦虫を噛み潰したような顰めっ面をする信長に、朱里はじっと縋るような懇願の目を向ける。
更には、信長の目を見つめながら、そっと身体を触れ合わせてみた。
「……そんな目で見るな。貴様に強請られたら俺が何でも言うことを聞くと思ったら大間違いだぞ」
「うっ……」
(今日の信長様は随分と強情だわ。一筋縄ではいかない感じ…でも、ここで諦めるわけにはいかない。結華のお願いを叶えてあげるためだもの)
「ね、お願い、信長様」
可愛くお強請りするなんて、慣れない真似は恥ずかしかったけど、精一杯の可愛い声と仕草でお願いしてみる。
「っ…貴様っ…あざとい真似を…」
心なしか赤くなった顔を背けながら、信長はボソボソと言い募る。
「そんな…愛らしく…強請っても……俺は…絶対に…許さん…からな…絶対に……」