第102章 薫風に泳ぐ
「じゃあ、また明日」と挨拶を交わして佐助くんと別れた後、急いでお城へと戻る。
茶屋で時間を取ってしまったので、戻りが少し遅くなった。
(ご政務の休憩時間に間に合うかしら。新作のお菓子、喜んで下さるといいな)
菓子を前にした信長の嬉しそうな顔が目に浮かんで、自然と口元が緩む。
買い求めた菓子の包みを懐に大事そうに抱き、城へと続く道を足早に進む。
「母上、お帰りなさいませ!」
城へ戻ると、結華が満面の笑みで出迎えてくれた。
「ただいま、結華。いい子にしてた?」
「はい!手習いも算術のお稽古も終わりました。吉法師はまだお昼寝中です」
「そうなの?ありがとう、結華。父上へのお土産に菓子を買ってきたから、結華も一緒に食べましょう」
「わぁ!やったぁ!」
菓子と聞いて嬉しそうに声を上げる結華だったが、何となく困ったような複雑そうな表情も見せていて………
「結華?どうかした?」
不思議に思って声を掛けると、もじもじとし始める。
「ねぇ、母上…学問所って、私ぐらいの歳の子供達が通ってるんでしょ?私も……行っちゃダメ?」
「えっ…でも、結華はお城の中で教えてもらっているでしょう?学問所に行かなくてもお城の中で学べるじゃない」
結華には織田家の姫として恥ずかしくない教養を身に付けさせるために専属の師を付けてあった。
結華は信長様に似て頭が良いため、同年代の武家の男子以上に勉学に励んでいると聞いている。
(正直言って、結華が学問所に行く必要はないし、信長様もそれは流石にお許しにならないだろう)
娘を溺愛する信長が、結華を易々と城下へ行かせるとは思えなかった。
「……学問所では、たくさんの子供達と一緒に勉強できるのでしょう?私はお城でいつも一人だから…っ…お友達が欲しいんです」
「結華……」
皆が自分を大切にしてくれるとはいえ、城内は大人ばかりで、結華が以前より同年代の友達を欲しがっていることは分かっていたのだが、それはなかなか難しかった。
「結華が学問所に通うことはできないわ。貴女は織田家の嫡女、信長様の娘だから。でも……見学ぐらいなら…父上様にお願いしてみるわ」
「本当?ありがとうございます、母上!」
嬉しそうに顔を綻ばせる娘の姿に、ふわりと心が暖まる。
年の割に大人びているとはいえ、子供らしい無邪気な笑顔を見せる様子は微笑ましかった。