第101章 妻として母として…その先に
地に伏せたまま、いつまでも見送ってくれる二人に恐縮しながらも、心の内がふわりと暖かくなって馬上の信長様の方へ目を向ける。
「……何だ、ニヤけた顔だな」
「えっ、そうですか?ふふ…何だか嬉しくて」
「おかしなことを言う奴だ。何がそんなに嬉しい?」
「信長様はやっぱりお優しい方です。それが嬉しいんです」
「貴様はまた訳の分からんことを…俺は優しくなどない」
「優しいですよ」
大望のため、自分の心の内を隠して、時には非情な決断をしてこなければならなかった信長様の本当の優しさを、私は知っている。
(ご自分では気付いておられないだけで、信長様は本当はお優しい方だ。皆が信長様のお優しさを分かってくれるといいのだけど…)
「……優しいのは貴様の方だろう?」
「えっ?」
「貴様はいつも皆に分け隔てなく接する。自然に、さも当たり前のようにな。なかなかできることではない。貴様のその優しさは真に得難いものだと俺は思うがな」
「信長様……」
そんな風に思ってもらえているなんて、考えもしなかった。
「まぁ…俺以外の者に優しくし過ぎるのは考えものだが」
「ええっ…や、もぅ……」
愉しそうに笑う信長様の笑い声を聞きながら、ゆったりと歩む馬の背に揺られる。
五月晴れの澄んだ空気の中、青々と生い茂る草木の目にも鮮やかな色合いに心を奪われながら、さぁーっと流れていく風の心地よさに身を委ねる。
こんな穏やかな時間を信長様と二人で過ごせることが、今はただ幸せだった。
「信長様…」
「ん?」
真っ直ぐ前を見据えて馬の手綱を取る信長様の背中に、そっと頬を寄せる。
「………どうかしたのか?」
「信長様、この村にもう一度連れて来て下さって…私の願いを叶えて下さって…ありがとうございます。っ…大好き、です」
「っ……」
恥じらって益々顔を擦り寄せる朱里の愛らしい仕草に、信長の心は激しく揺さぶられる。
「くっ…俺としたことが…貴様を後ろに乗せるのではなかったな」
「んっ…どうしてですか?」
「全く…これでは貴様の愛らしい顔が見れんではないか。今どんな顔をしている?見せろ」
手綱を握ったままで、信長はぐいっと首を後ろに振り向ける。