第101章 妻として母として…その先に
子供達に挨拶をして帰り支度を整えると、私は急いで玄関先に向かった。
(いつもの時間より迎えが早かったとはいえ、お待たせしたら悪いわ。早くしなくちゃ…って…あれ?)
「の、信長様っ!?」
慌てて玄関先に出た私の目に飛び込んできたのは、見慣れた純白の羽織を身に纏った愛しい人の姿だった。
「どうなさったのですか?信長様が迎えに来て下さるなんて…あの、ご政務はよろしいのですか?まだ早い時間なのに…秀吉さんは大丈夫なんですか?」
慌てて駆け寄りながらも、予期せぬ信長様の登場に質問が次々に口をついて出てしまう。
「何だ、もう少し嬉しそうな顔をせぬか。愛する夫が迎えに来たのだぞ?」
「えっ…だって、びっくりしちゃって。迎えに来てくれるなんて、今朝はそんなこと一言も仰らなかったじゃないですか…」
不意打ちの信長様には誰だってびっくりするはずだ。
嬉しさより驚きの方が勝ってしまったのだから仕方がない。
信長様ったら…私が喜ばなかったからって、そんな不満げな顔をされても困る……
「……まあ、良い。では行くぞ」
「は、はい…」
くるりと踵を返して歩き出した信長様の後を追って学問所を出ると………
「えっ!ええっ…馬!?何で…」
玄関口に繋がれた馬……信長様の愛馬『鬼葦毛』は、堂々たる落ち着きぶりで主人の戻りを待っていた。
学問所から出てきた信長様を見て、ブルブルっと嬉しそうに鼻を鳴らしている。
「あのぅ…信長様?何故に鬼葦毛を…」
城から学問所までは、わざわざ馬を使うほどの距離ではなく、私はいつも歩いて通っていたし、信長様もそれはご存知のはずなのだが……
「出掛けるぞ、朱里。ほら、早く乗れ」
優雅な所作でサッと鬼葦毛に跨った信長様は、茫然自失の私の腕を引き、あっという間に馬の背に抱き上げる。
「えええっ…や、ちょっと…待って…出掛けるって、どこに??」
「行けば分かる。しっかり掴まっておれ」
「やっ、嘘っ…ええっ…」
私の頭が混乱している内に、馬はもう駆け始めていて、信長様は愉しそうに口の端を緩めていた。
振り落とされないように信長様の背中にぎゅっとしがみつく。
この状況は全く訳が分からなかったが、馬上で風を切っていると段々と愉しい気持ちになってくるから不思議だ。
(びっくりしたけど、信長様が迎えに来てくれて…やっぱり嬉しい)