第101章 妻として母として…その先に
それから数日後
「先生、これは何て読むの?」
「これは?この字はどうやって書くの?」
「朱里せんせい〜」
「は〜い、ちょっと待って、みんな、順番だよ」
ここは城下の一角に新しく建てられたばかりの学問所。
私が提案した『領民達のための学問所』は、今、信長様の命令で織田の領地に次々と設けられている。
新しく建設したり、領内の寺を利用させてもらったりと、その形は様々だったが、領民達が身分や年齢、性別に関係なく広く学べる場を作りたいという私の願いを、信長様は少しも迷うことなく実現に向けて動いてくれたのだった。
学問所は、仕える主家を失って牢人となっていた武士達を師範として雇い、昼間は子供達を中心に、夕方からは仕事を終えた大人達にも学びの場を設けている。
そしてこの大坂城下にも、学問所は作られていた。
ここには町民の子らが通っていて、私は信長様の許しを得て、週に一度、師範の手伝いとして子供達に読み書きを教えることにしたのだった。
とはいえ、赤子である吉法師の世話を優先するため、時間の許す範囲でしか通えないので、学問所の運営にどれだけ役に立っているのかは分からなかったのだが……
「朱里様、そろそろ…もう、お迎えの方が外でお待ちでございますよ」
「えっ!?もう?やだ、早くないですか?」
(いつもの時間より半刻ほど早い気がする!)
「えー、朱里先生、今日はもう終わりなの?もっと居て欲しかったぁ…」
傍で手習いを教えていた女の子が残念そうに言うのを聞くと、申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、信長様との約束は守らなければならない。
信長様は、私が学問所の手伝いで城下へ通うことを許して下さったが、行き帰りの送り迎えを付けることを条件とされたのだ。
(私の勝手に家臣の方の手を煩わせるのは気が引けるけど、信長様が私を心配して下さる気持ちも分かるから…)
「ほらほら、朱里様を困らせるんじゃない。また来週来て下さるまでに、一つでも字を覚えような」
「は〜い!」
子供達の元気いっぱいの声を聞いて、心がふわりと暖かくなる。
純粋な子供達の笑顔は、新しきことを知る、学ぶ楽しさに満ち溢れている。
(学問所での学びが、この子達が未来を生きる力になってくれれば…)