第101章 妻として母として…その先に
「……ん?」
神妙な顔でじっと黙ったままだった朱里が、意を決したように口を開いた時、信長は予想外のことにすぐに返答できなかった。
「随分と唐突だな…で?何がしたいのだ?」
信長は驚いた様子を見せながらも、全て包み込むような余裕を見せて朱里の次の言葉を待つ。
朱里は緊張しているのか、すぅっと一つ息を飲んでから信長をじっと見据えて、ゆっくりと話し始めた。
「信長様、私、民達のために学問所を作りたいです。子供達だけでなく大人達も、身分や性別に関係なく読み書きや算術を学べるような場所を作りたい。
読み書きが分からぬために騙されたり、奪われたり…そういった不当な扱いを受ける者が一人でも減るようにしたいのです。
信長様の築かれる戦のない世で、民達が不当に虐げられることなく生きていける世の中にしたい…それが私の願いです」
「学問所…民達に学びの機会を与えよ、ということか…」
「武士の子らには学びの場がありますが、農民達にも同じような場が必要だと思うのです。読み書きや算術の知識は、大人も子供も知っておいて損はありませんから。
織田の領地の全ての村に学問所を作るのは…難しいでしょうか?」
学問所を作りたい、と思い切って信長様に自分の考えを言ってみたが、場所や人手の確保、金銭的な用意も必要なことであり、私一人の思いだけでできることではなかった。
「そう難しいことではあるまい。一から作っても良いが…例えば領内には寺が必ず一つはある。寺の一角を借り受けて学問所としても良い。その場合、寺の坊主どもに教え役を任せれば良いしな」
「お寺の方にご教授頂けるならば、それに勝るものはありませんが……戦が減って仕官先がなくなった牢人達を雇えば……彼らにも新たな生きる場所を与えられるのではないかと思うのですが…ダメでしょうか?」
(『甘っちょろい』って、笑われるかな。でも…信長様を恨む牢人達が少しでも減れば…)
「牢人どもに職を与えれば、治安も良くなるな。ふっ…面白い。貴様はやはり俺の想像を超える女だ。随分と突拍子もないことを思いつく」
呆れたような、それでいて愉しそうな口調で言う信長の様子に、ほっと安堵の息を吐く。
勢いで言ってしまったが、信長が理解を示してくれたことが嬉しかった。