第101章 妻として母として…その先に
「はぁ…晴れてよかったですねぇ、信長様」
春の陽射しがポカポカと暖かく注ぐ中、目に入ってくる草木の芽吹きの青々とした色合いに目を奪われる。
隣で馬を並べる信長に声を掛けてニッコリと微笑む朱里の笑顔は、春の陽射しに負けぬぐらいに眩しかった。
「天気が良いだけでそこまで笑顔になれるとは…貴様はやはり他愛もないな」
呆れたような口調で言いながらも、信長の口元はどこか嬉しそうに緩んでいる。
朱里のこの笑顔を見られただけで、連れてきた甲斐があったというものだった。
今日のように近隣の村への視察に朱里を伴って出掛けるのは、何時以来だろうか。
吉法師を身籠ったことが分かってからは、体調の変化もあり、外出することは殆ど叶わなかったから、こうして一緒に領地を回ることは本当に久しぶりのことだった。
「ふふ…お天気が良いと、それだけで少し得をした気分になりませんか?ほら、お日様がぽかぽか暖かくて風も爽やかで気持ちがいいですよ。こうして馬に乗るのも久しぶりですし、晴れてよかったです」
「………俺は貴様と共に馬に乗りたかったのだがな。俺の道中の楽しみが減ったのは…どうしてくれる?」
「えっ…や、そんな…だって…私、久しぶりに馬に乗るから、もうそれだけで緊張しちゃってて…信長様と一緒に乗ったりなんかしたら余計にドキドキしちゃうじゃないですか…」
「はっ…愛らしいことばかり言いおって」
(貴様に今すぐ触れられん俺のこの焦燥感をどうしてくれよう)
信長は当然のように相乗りするつもりだったのだが、予想に反して朱里は久しぶりに自分で馬に乗りたいと信長に願い出たのだった。
近くの村への視察ゆえ危ないこともないだろう、たまには気分転換になっていいだろうか、と信長も深く考えずに了承したのだが、愛らしいばかりの朱里の笑顔に心を揺さぶられて、何度も手を伸ばしかけては触れられず…歯痒い焦燥感に苛まれていたのだ。
信長のそんな胸の内を知ってか知らずか、朱里は久しぶりの乗馬を心から楽しんでいるようだ。
緊張していると言いながらも、ゆったりと馬に揺られながら目の前に広がる新緑の風景にキラキラと目を輝かせて見惚れている。
その少女のような無邪気な笑顔を見るだけで、信長の心は言いようのない幸福感に満たされていく。