第101章 妻として母として…その先に
「具体的に何がしたいというのはあるのか?」
信長は朱里が拙く話すのを黙って聞いていたが、少し思案するような顔をしながら口を開く。
(話を聞くに今の生活に不満があるわけではなさそうだが…朱里が望むことならば叶えてやりたいが…)
「それはまだ何も……やっぱり子供達のことが優先ですし」
「それはそうだが…やりたいことがあるのなら自分の気持ちを優先させよ。貴様は何事も己のことを後回しにしがちだからな」
「っ…信長様っ…」
思いつきというわけではなかったが、急に言い出した私の話を真剣に受け止めてくれた信長様の優しさが、只々嬉しかった。
何がしたいと具体的に言ったわけではないのに、少しも否定されることなく私の意志を尊重してくれる信長様の懐の深さに、改めて感じ入るばかりだった。
「ありがとうございます、信長様」
「ふっ…貴様はやはり思いも寄らぬことを言う奴だ。だが、そういう突拍子もないところがまた面白い」
慈愛に満ちた顔で優しく微笑みながら、信長様は私の方へ手を伸ばす。
その大きな手が、今にも頬に触れそうになったその時……
「ふっ…ふぇ…ふぇーん…」
「っ……」
「あっ…吉法師っ…」
スヤスヤと穏やかに眠っていたはずの吉法師が、前触れもなく目を覚ました。
グズグズとむずがって泣いている。
「吉法師、目が覚めちゃったのね。ほら、よしよし、いい子ね〜。父上も母上もここにいるわよ」
布団の上で愚図る吉法師を抱き上げてあやしてやるが、珍しくなかなか泣き止んでくれない。
「う〜ん…どうしたのかなぁ…ご機嫌斜めだねぇ…」
「おい、母上を困らせるでない」
信長が吉法師の頬をちょんと突っつくと、吉法師は益々激しく泣き出してしまった。
「あぁっ…ダメですよ。もぅ、信長様ったら!」
「なっ…俺が悪いのか?貴様を困らせる者は、たとえ我が子であろうと許せん」
「もぅ…そんな…」
『子供っぽい』と言いかけて慌てて口を噤む。
ブスッとした不機嫌そうな顔をして吉法師を睨んでいる信長様は、子供みたいで本当に可愛かったのだが、流石にそんなことは言えない。
こんな風に過ごせる、他愛ない日常に幸せを感じて、吉法師を腕に抱きながら、私は満ち足りた気持ちでいっぱいだった。