第100章 君に詠む
ぼんやりと考え事をしていると、廊下の方から足音が聞こえてきて、ハッと顔を上げた瞬間、襖が勢いよく開いた。
「朱里っ、戻ったぞ」
「信長様っ…」
力強い足取りで室内に入ってきた信長様に駆け寄ると、心配そうに顔を覗き込まれる。
「寝ていなくて大丈夫なのか?気分は?酔いは覚めたのか?」
じっと顔を覗き込まれ、次から次に問いかけられてしまう。
「あ、あの…大丈夫です、信長様。こちらに戻ってすぐ、ご住職様に薬湯を煎じていただいて…それを飲んだら、すっかり気分が良くなったのです。もう大丈夫ですから…心配なさらないで」
「そうか…ならばよい。ご住職にも礼を言わねばな」
「はい…あ、あのぅ…信長様、ごめんなさい。私、ちゃんとできなくて…」
「ん?」
怪訝そうな顔の信長様に向き合い、改めて深々と頭を下げた。
「御神酒に酔うなんて、私…情けないです。信長様にもご迷惑をお掛けしてしまって…すみませんでした」
「誰が迷惑だなどと言った?貴様は立派に己の役割を果たしたのだ。謝る必要などない。あの後の宴の席では、帝も貴様の詠んだ和歌を大層お褒めであったぞ」
「え、ええっ…本当に??」
「俺は、嘘も世辞も言わん。朱里、よく頑張ったな」
「っ…信長様っ…」
優しく微笑まれ、腕の中にふわりと抱き込まれる。
あやすように何度も背を摩る手は優しさに溢れていて、泣きたくなるぐらいに嬉しかった。
誰に認めてもらうよりも、信長様に『頑張った』と褒めてもらえたことが、只々嬉しかった。
先程まで落ち込んでいたのが嘘のように、心の中がふわふわと暖かく満たされていくのが分かる。
愛しい人の言葉一つで、こんなにも幸せな心地になれるなんて…
「っ…うっ……くっ……」
不安や後悔、自己嫌悪など、心の中で燻っていた様々な感情が入り乱れて胸の奥がかぁっと熱くなり……終には抑えきれなくなった嗚咽が込み上げる。
「くっ…泣くな、朱里。俺は貴様の涙は見たくない」
「うっ…くっ…ふ…うぅ…ご、ごめんなさい、私…」
「何故、また謝るのだ?歌会は万事上手くいった。貴様はよくやってくれた。あぁ、そうだ…褒美をやらねばなるまいな」
「んっ…ふっ…え…褒美…?」
チュッと目尻に口付けられて、溢れる涙を舌で掬い取られた。
柔らかな舌の感触に、ゾクリと身体の奥が甘く痺れる。