第100章 君に詠む
この後の宴席には、歌会に出ていた公家の姫らも無論、出席する。
信長の側室候補に名前が上がった姫達だ。
それこそ、どんな陰湿な嫌がらせをしてくるかも分からないというのに、こんな状態の朱里をそのような場に出せるはずがなかった。
「朱里、貴様は何も案ずることはない。後のことは俺に任せておけ」
「っ…はい…」
信長の自信に満ちた物言いは、揺らいでいた朱里の気持ちを落ち着かせる。
(本当は、最後までしっかりとお役目を全うしたかった…でも、信長様が『案ずるな』と言って下さるなら、きっと大丈夫…)
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「ふぅ……」
(信長様、まだかな。早く帰るって仰ってたけど……やっぱり遅くなるよね…)
歌会が終わって先に宿所に戻った私は、信長様のお帰りを今か今かと待っていた。
住職様にいただいた薬湯のおかげで悪酔いもすっかり治り、気分も良くなっていた。
(油断してたな…お酒、随分と弱くなっちゃったみたい。これからは気を付けて口にしないといけないわね)
強い酒だったとはいえ、あれほど少量の御神酒で酔ってしまうなど、全く油断していた。
久しく酒を口にしていなかった間に、体質が変わったのであろうか、随分と弱くなっていたようだ。
信長様が助けて下さったおかげで、公家衆の前で醜態を晒さずに済んだけれど、結局、途中で退席することになってしまい、何となく後味が悪かった。
(信長様の妻として、信長様をお支えしなくちゃって思ってたのに…結局また信長様に助けられちゃった。情けないな…)
部屋に一人でいると、モヤモヤと詮無いことを考えてしまう。
和歌や宮中作法を、つきっきりで教えてくれた光秀さんにも申し訳なかった。
和歌は自分なりには納得のいくものが詠めたと思うのだが、別堂で朗詠された際の周りの反応を見る余裕がなかったために、上手くいったのかどうか分からなかった。
手応えを感じられないまま終わってしまったような気がして、自分では何とも後悔が残る結果だったのだ。