第100章 君に詠む
あからさまな悪口が囁かれているのが聞こえてくるが、言い返すことはできない。
(何とかこの場を乗り切らないと…っ…これを飲まなくちゃ…)
盃に唇を近づけると、強い酒の匂いだけでクラリと酔いそうになるが、周りの視線が私の手元に注がれているのを否応なく感じて、グッと堪える。
ぎゅっと目を閉じて一息に飲み干すと、強い酒の匂いが鼻に抜け、飲んですぐに喉がかぁっと熱くなる。
「っ…はぁっ……」
思わず咽せそうになるのを堪えて、飲み干した盃に山吹の花を入れて川の流れに乗せた。
皆が和歌を読み終わったらしく、童子が順番に短冊を集め始めているのが見えたが、早くも酒が体内に回り始めたのか、身体が一気に熱くなり呼吸が早くなっているのを自覚する。
この後は別堂へ移動して、各々の詠んだ和歌が披講されることになっているのだが……
(どうしよう…これ、私、酔っちゃってる…?何だか頭がフワフワして…ちゃんと歩けるかしら…)
早くなる鼓動を抑えようと胸元に手を当てて立ち上がると、クラっと目眩がして……
「っ…あっ…」
「朱里様っ…!?」
(っ…しまった…倒れるっ…)
綾姫様の驚いたような声が聞こえたが、視界が真っ白になって身体がゆっくりと傾くのを、成す術もなく受け入れるしかなかった。
(あぁ…こんなところで倒れるなんてやっちゃった…でも、あのお酒…どうしてあんなに強かったんだろう…あんな少しの量で酔いが回るなんて……)
ぼんやりする頭の中でそんなことを考えながら、身体が地に着くのを覚悟していると……突然、背後から力強く抱き止められた。
「…えっ…あっ……」
「っ…朱里っ…大丈夫か!?」
「……信長…様…?」
私を抱き止めてくれたのは、上流の席の方に座っておられたはずの信長様だった。
上流の席の方は、既に別堂への移動が始まっているはずだった。
「ぁっ…どうして…信長様?」
「貴様の方こそ、急にどうしたのだ?突然青い顔をしてふらつくなど…どこか具合が悪いのか?」
「うっ……」
力強く抱き止めてくれた信長様の腕の中で、ほっとした安心感からか、身体からフッと力が抜けてしまった。
逞しい胸板に、くったりと身を預ける。
「っ…朱里っ!」