第100章 君に詠む
舞台の方を見るとちょうど白拍子の舞が終わったところだった。
舞が終われば、いよいよ歌詠みが始まるのだ。
今日の歌題は『春の歌』ということで、歌題としてはありがちなものであり、光秀さんとの修練でも、季節の歌を詠むことはよくやっていた。
光秀さん曰く、『こういう歌会での歌題は、小難しく捻ったものよりも、ありきたりなものが選ばれることが多い。ありきたりだからこそ、詠人の力量が試されるというものだ』そうだ。
川上の方では、水干姿の童子が朱塗りの盃にお神酒を注ぎ、羽觴(うしょう)と呼ばれる鴛鴦(おしどり)の姿を象った盃台に載せて流し始めていた。
その様子を見ながら、私は傍らに用意されていた短冊と筆を手に取った。
さらさらと筆を走らせ、和歌を書き終わる頃に、最初の盃が流れて来たが、これは取らずに見送るのがしきたりだという。
続けてゆっくりと流れてくる盃を、そっと手を伸ばして取った。
(うっ…緊張したけど、ちゃんと取れてよかった。あとはこれを飲み干して、空の盃に山吹の花を入れて流せば完了!っと…)
「っ…うっ…」
(なに、このお酒…凄いキツイ…普通のお神酒じゃないの…?)
盃に少し口を付けただけで強い酒だと分かる。
どう見てもお神酒に使うような酒ではないように思われるが……
(こんな強いお酒…どうしよう、飲めない…でも、皆、普通に飲んでるみたいだし…)
見れば、上流の方の席に座る女人達も表情を変えることなく盃を干している。
向かい側に座る綾姫様ですら一息で飲み干していて、もう空の盃を流しているところだった。
(うぅ…こんなの飲んだら酔っちゃうかも…でも、このまま飲まないわけにはいかないし…)
もともと酒は強い方ではない。
城で開かれる酒宴では人並み程度に飲みはしていたが、吉法師を身籠ってからは酒は一滴も口にしてこなかった。
それがいきなりこんな強い酒を飲まないといけなくなるなんて、大丈夫だろうか。
こんな大事な場で酔ってしまっては大変なことになる。
盃を手にしたまま、口を付けるのを躊躇っていると……
「どうなされた?早う飲んで、次へ流しなはれ」
「全く…お作法もご存知ないのやろか?田舎出の姫さんには宮中行事は敷居が高うございましたなぁ」
「織田様の御正室やいうても、所詮は御所へ上がれる身分でもないくせに…ほんま図々しいわぁ」
(っ……)