第100章 君に詠む
やがて定刻になり、私達は御所の庭へと案内される。
(わぁ…広いお庭…あ、桜も、もう咲いてる)
美しく整えられた庭園には、春の花が咲き誇っており、早咲きの桜も咲き始めていた。
雅やかな琴の音が聞こえる中、詠人の方々がそれぞれ庭へと案内され、一同に集まって来る。
皆、信長様の姿を見ると、次々と声を掛けてくるのだが、信長様に親しげに話しかけながらも私の方にチラチラと窺い見るような視線を向ける。
少し離れたところで談笑しながら、こちらを見てひそひそと小声で話している人もいた。
(何だか落ち着かないな…見られてるのに話しかけられるわけでもないなんて…品定めされてるみたい)
決して好意的ではない視線に怯みそうになり、思わず後退ってしまった私の手を、信長様は前を向いたままでそっと握ってくれる。
(っ…信長様っ…)
大きな手に包み込まれて、その暖かさがじんわりと手のひらから胸の奥へと伝わっていく。
人前で手を繋ぐなんて、何と思われるだろうかと躊躇う気持ちはあったけれど、信長様のさり気ない気遣いは、今にも強張りそうな私の心を柔らかく解きほぐしてくれる。
(大丈夫です、信長様。何があろうと…私は頑張れます)
繋がれた手にぎゅっと力を入れて握り返す。
言葉を交わさなくても、お互いの気持ちが通じ合っているような気がして心強かった。
「信長さん、今日もまた、ええ男振りやなぁ」
当たり障りのない無難な挨拶をする公家衆が多い中で、突然気さくな調子で話しかけてくる方がいた。
「近衛殿か…」
(あ、この方が関白、近衛前久様…?信長様ともお親しい間柄だとお聞きしているけど…)
「お、そちらが噂の奥方様ですな。ほんま噂どおりの美しい御方やなぁ。町の者が皆、天女みたいやて言うのも間違いやないわ」
ニコニコと人の良さそうな笑顔を見せながら屈託なく信長様に話し掛ける様子は、関白という高貴な身分の御方というよりは、公家と武家との垣根を越えた古くからの親しい友人同士のようだった。
信長様も、近衛様に対しては心から気を許しておられるのが傍目にも分かる。
「おい、あんまりジロジロ見るなよ。全く…公家のくせに遠慮という言葉を知らぬのか?」
「相変わらず毒舌やなぁ、信長さん。こんな美女を目の前にして遠慮できる男がおりますかいな。さっきから皆、チラチラと見てますよって」
「くっ…」